遺言書を作成する際には、遺言執行者を選任することも検討しましょう。
遺言執行者とは、遺言の内容を実現する責務を負う人のことです。実は先日の民法改正により遺言執行者の権限が強化されており、従前より選任するメリットが大きくなりました。
今回の記事では、遺言執行者を選任するメリットや方法、民法改正による変更点について解説します。
遺言執行者
01.遺言執行者とは
遺言執行者とは、遺言の内容を実現する責務を負う人です。
作成した遺言書において遺産の相続人を指定したり遺贈したりしてもしても、誰かが具体的な手続きをしなければ相続は実現されません。
たとえば子どもに預貯金を相続させようとしても子どもが預貯金の名義変更や払い戻しをせずに放置してしまう可能性もあります。財産を公益団体へ寄附するよう指定していても相続人の誰も手続きをしてくれないかもしれません。
そういったリスクをなくすために選任するのが遺言執行者です。遺言執行者を指定しておけば、相続開始後に預貯金払い戻しや寄附などの各種手続きを遺言執行者が行ってくれますので、相続人や受遺者が手配する必要がなくなります。
02.遺言執行者にできること
遺言執行者には、以下のような行為をする権限が認められます。
- 相続人調査、相続財産調査
- 相続財産目録の作成
- 不動産の相続登記
- 預貯金の解約払戻や名義変更
- 株式の名義変更
- 自動車の名義変更
- 寄附
- 子どもの認知
- 相続人の廃除・廃除の取消し
特に子どもの認知や相続人の廃除、取消の手続きを遺言書で行う場合には遺言執行者の選任が必須です。相続人にはこれらの手続きができないので注意しましょう。
遺言執行者を選任するメリット
遺言執行者を選任すると、以下のようなメリットを期待できます。
01.より確実に遺言内容を実現できる
遺言執行者を選任しておくと、より確実に遺言内容を実現しやすくなります。
たとえば相続人だけだと不動産の名義変更がなされずに放置されてしまう可能性がありますが、遺言執行者がいれば名義変更の手続きなども速やかに対応してくれます。天涯孤独で相続人のいない方の場合でも遺言執行者を選任しておけば安心です。
遺された人が遺言内容を実現してくれるかどうか不安な方は、ぜひ遺言執行者を選任しましょう。
02.相続人や受遺者に手間をかけさせずに済む
遺言執行者がいない場合には、相続人や受遺者が自分で遺言に沿った相続手続きをしなければなりません。特に相続人が忙しくしている現役世代などの方であれば、手続きの対応に時間を割く暇がないこともあります。
また、子どもの認知や相続人の廃除、取消を指定する場合、遺言執行者を選任していなければ相続人が家庭裁判所へ遺言執行者の選任を申し立てなければなりません。
遺言者があらかじめ遺言執行者を選任しておけば、相続人たちにこういった労力や時間を割かせずに済むメリットがあります。
03.相続争いを予防できることもある
遺言が遺されているケースでは、遺言書の内容をめぐって相続人同士でトラブルが生じるケースが少なくありません。自分にとって不都合な内容が書かれていると、相続人が「遺言書は無効」などと言い出して相続手続きの妨害行為を行ったりする事例が典型です。こうなってしまうとなかなか遺言内容を実現できませんし、遺言無効確認調停や訴訟などが起こってトラブルが長引くケースも多々あります。
このような場合において遺言執行者が選任されていると、比較的穏やかに相続手続きを進めることができます。というのも民法において「相続人は遺言執行者の行為を妨害してはならない」と規定されており(民法1013条1項)、妨害行為は無効となるからです(民法1013条2項)。遺言執行者を選任していれば遺言書の内容に不服を有する方による妨害を抑止できるため、手続きをスムーズに進めやすくなることでしょう。
遺言書による相続人間のトラブルをなるべく防ぎたい場合にも、遺言執行者の選任をお勧めします。
民法改正による遺言執行者の権限強化
実は、近年の民法改正によって遺言執行者の権限が強化されました。その内容を押さえておきましょう。
01.遺言執行者の立場を明確化
改正民法では、遺言執行者の立場が明確化されました。
従前、遺言執行者は「相続人の代理人」とされていましたが、改正後は「代理人」という言葉が消去されました。
従前は、遺言執行者が相続人から「相続人の代理人というのであれば、相続人の利益に反することはできないのではないか?」と主張されてトラブルになるケースが散見されたためです。
現在の民法では、遺言執行者の立場は以下のように規定されています。
≪民法1012条1項≫
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
これにより、遺言執行者は相続人の代理人ではなく第三者的な立場から遺言内容に実現に必要な行為を行うができるようになりました。
02.相続登記を単独でできるようになった
従前の民法下では、遺言書に「●●に不動産を相続させる」と書かれていても、遺言執行者が単独で不動産の名義変更をすることができませんでした。「●●に相続させる」という遺言がある場合、相続開始によって当然に相続人に権利が移転するので「遺言執行者が代理で登記する権限を認める余地がない」と考えられていたためです。そのため、遺言執行者が指定されていても、相続人の協力がなければ不動産の名義変更を行なうことができませんでした。
この不都合に対応するべく民法が改正され、「●●に特定の不動産を相続させる」と遺言書に書かれていた場合であっても、遺言執行者が単独で不動産の相続登記をすることができる権限を有することが明らかにされました。
≪民法1014条2項≫
遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
03.預貯金払い戻しについて
預貯金の解約払戻については、従来も遺言執行者に権限が認められていましたが、改正法では条文上明らかにされることとなりました。
≪民法1014条3項≫
前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
04.遺言執行開始通知の義務化
遺言執行者の権限だけではなく、義務も明確化されました。その一つが遺言執行開始通知の義務化です。
具体的には、遺言執行者は遺言執行者に就任したらすぐに相続人へ通知を送らねばならないと規定されることとなりました(民法1007条2項)。
従来はこういった通知義務が明記されていなかったため、相続人の知らないうちに遺言執行者が手続きを進めてしまいトラブルに発展することがありました。こうした問題を解消するため今回の改正により、遺言執行者に就任した場合には速やかに相続人へ通知するよう義務づけられています。
05.相続人による妨害禁止と妨害行為の効力
改正民法では、相続人による遺言執行者への妨害行為の禁止と妨害した場合の効力についても定められました。
相続人は遺言執行者の事務を妨害してはなりません。妨害するとその行為は無効となります。なお、妨害行為の無効は「善意の第三者」には主張できません(民法1013条)。相続人が遺言執行者の事務を妨害すると基本的には無効になりますが、そのことを知らない第三者に対しては無効を主張できないということです。このようにして相続人と第三者の利害調整を図っています。
なお、相続人に対する債権者は、上記の規定内容にかかわらず相続財産に対して権利行使できることになっております(民法1013条3項)。
遺言執行者の選任方法
遺言執行者を選任する方法には以下の3種類があります。
- 遺言書で指定
- 遺言書で遺言執行者を選ぶべき人を指定
- 相続開始後に家庭裁判所へ申立をして選任
01.遺言書で指定
1つ目は、遺言者が遺言書によって選任する方法です。未成年者や破産者でなければ誰を選任してもかまいません。遺言書を作成するときに信頼できる人を遺言執行者として指定しておくとよいでしょう。
02.遺言書で遺言執行者を選ぶべき人を指定
遺言書の作成時に誰を選任すべきか決められない場合には、「遺言執行者を選任すべき人」を指定できます。
たとえば死期が遠い将来で、死亡時にどういった関係者が存在するか正確にわからない場合、遺言書作成時に遺言執行者をはっきり指定するのは難しいでしょう。そのようなとき、遺言書で「遺言執行者を選任すべき人」を指定しておけば、将来相続が発生した際その人に遺言執行者を決めてもらうことができます。
03.相続開始後に家庭裁判所へ申立をして選任
遺言書によって遺言執行者や遺言執行者を選任すべき人が指定されていなかった場合や遺言執行者が就任を拒否した場合、相続開始後に相続人や債権者などの利害関係人が家庭裁判所へ申し立てることによって遺言執行者を選任してもらうことができます。
たとえば遺言書で子どもの認知や相続人の廃除、取消などの「遺言執行者にしかできない行為」を指示した場合、遺言執行者がいなければ手続きを進められません。そういったケースで遺言書によって遺言執行者または遺言執行者を選任すべき人が指定されていなければ、相続人が家庭裁判所に申立てを行うことになります。
遺言執行者を選ぶときの注意点
遺言執行者を選ぶときにはいくつか注意点もあるのでみておきましょう。
01.拒否される可能性がある
実は遺言執行者への就任は拒否できます。そのため、遺言書で遺言執行者を指定しても、その人が必ず就任してくれるとは限りません。
たとえば自身の長男を遺言執行者として指定したとして、死後に長男が引き受けてくれなかったら遺言執行者がいない状態となってしまいます。
このように本人の了解なしに遺言執行者を指定すると、期待していた結果を実現できないリスクがあります。遺言執行者を指定する場合には、指定した人に必ずその旨を伝え了承を得ておきましょう。
02.相続人から選ぶとトラブルになりやすい
相続人の中から遺言執行者を選ぶ方もたくさんおられますが、相続人から遺言執行者を選ぶと他の相続人の反感を買ってトラブルになりやすいので注意が必要です。
弁護士などの第三者を遺言執行者に指定した方が無難といえるでしょう。
03.遺言執行者には大きな負担がかかる
遺言執行者に就任した人は、相続人へ通知しなければなりません。通知を受け取った相続人は遺言執行者に様々な問い合わせをするでしょうから、対応に追われることが懸念されます。また、遺言執行者は各種の相続手続きを行わねばなりません。銀行へ行ったり法務局で手続きをしたりといろいろと行動しなければならなくなるため、大変な手間が発生します。
このように一般人を遺言執行者に選任してしまうとその方に大きな負担をかけることとなります。相続人を含め全員が相続手続きに不慣れなことが通常であることから、スムーズに事務を進められない可能性もあります。
この意味でもやはり遺言執行者は弁護士などの専門家から選ぶのがよいでしょう。
さいごに
遺言書を作成するときには、遺言執行者を選任しておくと確実かつスムーズに遺言内容を実現できるのでメリットが大きくなります。近年では民法改正によって遺言執行者の権限も強化されているのでぜひ選任しておきましょう。
手続きの確実性や相続人にかける手間やトラブル発生リスクなどを考えると、遺言執行者は相続人や親族の中から選任するよりも弁護士等の専門家から選任した方が安心といえます。
東京・恵比寿に事務所を構える弁護士法人鈴木総合法律事務所では、遺言執行者への就任も広く受け付けております。これから遺言書を作成する方や書き直しを検討されている方は、お気軽にご相談ください。