遺言や高額な生前贈与が行われると、子どもや配偶者であっても充分な遺産を受け取れない可能性があります。
法定相続人が最低限の遺産取得分である「遺留分」を侵害されると、相手に「遺留分侵害額請求」を行って「お金」を払ってもらう権利が認められています。
近年、法改正によって遺留分の取り戻し方法が大きく変更されました。従前の請求方法は「遺留分減殺請求」であり、新しい請求方法は「遺留分侵害額請求」です。両者には大きな違いがあるので、正しく理解しておきましょう。
今回は遺留分侵害額請求とは何なのか、遺留分減殺請求との違いも含めて解説します。
1.遺留分侵害額請求とは

遺留分侵害額請求とは、侵害された遺留分をお金で取り戻すための請求です。
兄弟姉妹以外の法定相続人には最低限の遺産取得割合である「遺留分」が保障されています。しかし不公平な遺言や贈与が行われると、法定相続人であっても遺留分すら受け取れないケースもあります。
そんなとき、遺留分権利者は侵害者に対して「遺留分侵害額請求」を行い、侵害された遺留分を取り戻せるのです。
遺留分侵害額請求の場合、遺産の取り戻し方法は「金銭的な清算」です。遺産そのものの取り戻しはできません。
遺留分侵害額請求の具体例
3000万円の価値のある不動産が長男に遺贈されたために次男の750万円分の遺留分が侵害されたとしましょう。この場合、次男は長男に対して750万円の支払い請求を求められます。不動産そのものの取り戻しによって4分の1の共有持分を取得することはできません。
2.遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求の違い

近年、法改正によって侵害された遺留分の請求方法が変更されました。
以前の請求方法を「遺留分減殺請求」といいます。
新しい遺留分侵害額請求と以前の遺留分減殺請求の何が違うのか、みていきましょう。
2-1.遺留分減殺請求とは
遺留分減殺請求は「遺産そのもの」を取り戻すことによって侵害された遺留分を請求する方法です。
遺留分侵害額請求は「侵害された遺留分をお金で取り戻す債権的な方法」ですが、遺留分減殺請求は「遺産そのものを取り戻す物権的な方法」である点にもっとも大きな違いがあります。
2-2.遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求の違い、一覧表
遺留分侵害額請求 | 遺留分減殺請求 | |
侵害された遺留分の取り戻し方法 | 金銭請求によって取り戻す | 遺産そのものを取り戻す |
遺留分請求の効果 | 金銭請求権を獲得する | 遺産が即時に請求者のものとなる |
相手が遺産を処分した場合の問題 | 金銭賠償を求められるので問題にならない | 遺産を取り戻せなくなる可能性がある |
生前贈与が遺留分侵害となる範囲 | 法定相続人への贈与の場合、死亡前10年以内に限定される | 法定相続人への贈与の場合、期間制限がない |
支払期限の延長 | あり | なし |
時効 | 相続開始と遺留分侵害があったことを知ってから1年以内 遺留分侵害額請求後、5年以内に支払いを受ける必要あり | 相続開始と遺留分侵害があったことを知ってから1年以内 |

2-3.侵害された遺留分の取り戻し方法
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では「侵害された遺留分の取り戻し方法」が異なります。
遺留分侵害額請求の場合には「金銭支払」によって取り戻しますが、遺留分減殺請求の場合「遺産そのもの」の返還を求めます。
2-4.遺留分請求の効果
遺留分を請求した際の「効果」も異なります。
遺留分侵害額請求の場合、請求の意思表示をすると「金銭請求権」を取得するため、その後相手と交渉して実際に遺留分侵害額を払ってもらわねばなりません。
遺留分減殺請求の場合には、請求と同時に「遺産の物権が権利者へ移転」するため、その後あらためて請求を行う必要はありません。
ただし不動産などの資産を実際に取り戻すには登記などの手続きが必要となるので、結局は相手との話し合いや訴訟が必要となります。
2-5.相手が遺産を処分した場合の問題
遺留分取り戻し前に相手が遺産を処分、売却などしてしまった場合の取り扱いも異なります。
遺留分侵害額請求の場合「お金で清算してもらう権利」なので、請求前に相手が遺産を処分しても影響はありません。
遺留分減殺請求の場合「遺産を取り戻す権利」なので、請求前や請求後に相手が遺産を第三者に移転したり毀損したりすると、取り戻しが困難となる可能性があります。遺留分減殺請求権を保全するために「処分禁止の仮処分」という手続きを行わねばなりません。
- 処分禁止の仮処分…相手に対象物を処分させないための保全手続き。対象物が凍結され、売却や抵当権設定等の処分ができなくなります。
現在の遺留分侵害額請求の場合、相手が遺産を売却してしまいそうな状況であっても処分禁止の仮処分を申し立てる必要はありません。
2-6.生前贈与が遺留分侵害となる範囲
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では「生前贈与」が遺留分侵害となる範囲にも変更が加えられています。
従前の遺留分減殺請求では、法定相続人への生前贈与の場合には期間の制限がありませんでした。いつ行われた生前贈与でもすべてが遺留分減殺請求の対象とされ、たとえば被相続人が亡くなる50年以上前に行われた学資の贈与なども、遺留分侵害とされる可能性があったのです。
ほとんど証拠も残っておらず立証が困難であるにもかかわらず、各相続人が古い贈与を持ち出して遺留分返還についての話し合いが紛糾したり訴訟が複雑になったりする問題が発生していました。
そこで法改正後は法定相続人に対する生前贈与であっても基本的に「死亡前10年間」に制限されました。これにより、各相続人はあまりに古い生前贈与を主張できなくなり、遺留分返還の手続きスムーズに進められると期待されています。
2-7.支払期限の延長
遺留分減殺請求は遺産そのものを取り戻す手続きであり、請求と同時に権利が請求者へ移転するので、その後の履行の問題は発生しません。
一方、遺留分侵害額請求は金銭的な請求です。請求しても相手に「支払能力」がなければ支払いを受けられません。侵害者にしてみても、現金がないのにいきなり一括払いを求められても支払えないと高いリスクが発生するでしょう。
そこで遺留分侵害額請求では、「支払期限の延長」が認められるようになりました。遺留分侵害額請求訴訟が起こって裁判所が侵害者へ支払命令を出す場合でも、裁判所の判断で弁済期が猶予される可能性があります。
2-8.時効
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では「時効」についても大きく異なる点があります。
まず遺留分減殺請求も遺留分侵害額請求も「遺留分侵害と相続開始を知ってから1年以内」に権利行使しなければなりません。権利行使の意思表示方法は書面でも口頭でも有効です(ただし実際には証拠を残すため書面などの証拠の残る方法で行使すべきです)。
また「遺留分侵害や相続開始を知らなくても10年」が経過すると権利が失われます。
以上は遺留分減殺請求も遺留分侵害額請求も同じです。
ただ遺留分侵害額請求の場合、相手への意思表示後に「実際にお金を回収」しなければなりません。この金銭請求権に「債権の時効」が適用されます。
債権の時効は以下のとおりです。
- 請求できると知ってから5年間
- (請求できると知らなかった場合)請求できる状態になってから10年間
通常は遺留分侵害額請求の意思表示を行った時点で「請求できると知る」ので、その時点から5年以内に遺留分を回収しなければなりません。
遺留分減殺請求の場合には「1年以内に意思表示をすれば完結」してその後の取り戻しに時効は適用されません。時効の点では遺留分侵害額請求の方が、ハードルが高くなったといえるでしょう。
3.遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求へ変更された理由

以上のように遺留分減殺請求と遺留分侵害額請求には「債権的な権利」と「物権的な権利」という根本的な違いがありますが、なぜこのような改正が行われたのでしょうか?
3-1.当事者が共有を望まない
従前の遺留分減殺請求の場合、遺留分権利者が権利行使すると「遺産が共有」になってしまう問題がありました。
遺留分減殺請求によって遺産の所有権が請求者に部分的に移転してしまうからです。
たとえば愛人に3000万円分の不動産が遺贈されて妻の遺留分(2分の1)が侵害されたとき、妻が愛人へ遺留分減殺請求をすると不動産は妻と愛人の共有状態(共有持分はお互いに2分の1ずつ)になります。
共有状態になると、売却や抵当権設定などの各場面で共有者の承諾をとらねばなりません。しかし愛人と妻が協力して資産活用するのは困難で、結果的に活用も売却もできずに放置されるケースが多数ありました。また、そもそも妻も愛人も遺留分減殺請求による共有状態など望みません。
そこで「お金で解決」できるように遺留分侵害額請求制度がもうけられました。
3-2.2度手間を防ぐ
遺留分減殺請求を行った後、遺産の共有状態を解消するには「共有物分割請求」を行わねばなりません。
たとえば妻が愛人に遺留分減殺請求を行って話し合いや訴訟を経てようやく不動産の2分の1の共有持分を取り戻したとしましょう。その後不動産の共有状態を解消するために、再度愛人と話し合って共有不動産の分割方法を決めなければなりません。話し合いで解決できなければ、訴訟が必要です。
このように遺留分減殺請求では「1回目の遺留分減殺請求」と「2回目の共有物分割請求」の2度手間となり、トラブルが2回発生するケースが多かったので、1回的に金銭清算によって解決するため、遺留分侵害額請求が導入されました。

4.遺留分侵害額請求の時効を止める方法

遺留分侵害額請求の時効を止める方法をお伝えします。
4-1.1年以内に遺留分侵害額請求の意思表示をする
まずは相続開始と遺留分侵害を知ってから1年以内に侵害者へ遺留分侵害額請求の意思表示をしなければなりません。
相続開始とは被相続人が死亡した事実、遺留分侵害とは、不公平な遺言や生前贈与などの事実です。
意思表示の方法は口頭でも書面でもその他のどういった方法でもかまいません。
しかし1年以内に確実に請求した証拠を残さないと、後で時効を主張されてしまう可能性が高いので、内容証明郵便などの日付が残る方法で請求すべきです。
4-2.5年以内に遺留分侵害額の支払いを受ける
遺留分侵害額請求の意思表示を行ったら、その後5年以内に実際の支払いを受けなければなりません。債権の時効が適用されるので、5年が経過すると権利が失われ、支払いを受けられなくなってしまいます。
遺留分侵害額請求後に相手と話し合い、支払いについて合意をしましょう。
合意できない場合には調停や訴訟を申し立てて遺留分を支払わせる必要があります。
4-3.訴訟や一部弁済で時効を止められる
遺留分侵害額請求の意思表示を行っても相手が支払いに応じないケースが多く、放っておくと時効が成立してしまいます。
そんなときには「時効の完成猶予」や「更新」により、時効成立を防ぎましょう。
- 相手が支払義務を認める
相手に遺留分侵害額の支払義務を認めさせて書面を差し入れさせると、その時点から5年間、時効を延長できます。
- 相手が一部の支払いを行う
相手が一部の支払いをした場合にも時効が更新されて5年間、延長されます。
- 訴訟で請求する
相手が認めない場合には、訴訟を申し立てましょう。判決で権利が確定すれば10年間時効が延長されます。なお調停申立によっても時効の完成猶予の効果があり、調停が成立したときに時効が更新されます。
- 内容証明郵便で請求
内容証明郵便で請求すると、6ヶ月間時効完成を猶予できます。その間に訴訟を起こせば判決確定によって時効を更新させられます。
5.遺留分侵害額請求が適用される時期

遺留分侵害額請求が適用されるのは「2019年7月1日以降の相続」です。
それ以前に相続が発生した場合には遺留分減殺請求が適用されます。
たとえば2018年に生前贈与が行われても、被相続人の死亡が2020年であれば「遺留分侵害額請求」によって金銭的に遺留分を取り戻せます。
6.遺留分侵害されたら弁護士へご相談ください

遺留分については近年請求方法が変更されたこともあり、素人判断で対応すると失敗するリスクが高い状況です。権利者と侵害者がお互いに感情的になりやすく、話し合いがスムーズに進みにくい傾向もみられます。
弁護士が代理交渉すれば有利な条件で解決しやすくなり、精神的ストレスも大きく軽減されるメリットがあります。遺留分を侵害されてお悩みの相続人の方がおられましたら、お気軽に恵比寿の鈴木総合法律事務所までご相談ください。

