2019年から2020年にかけて、民法や関連法が改正され相続に関するルールが大きく変更されました。
主に以下の10の点で制度が新設されたり、従来と取扱いが変わったりしています。
- 自筆証書遺言の書き方
- 自筆証書遺言を法務局で保管できる
- 配偶者居住権
- 預貯金の仮払い
- 特別受益の範囲を限定
- 特別受益の持戻し免除の意思の推定
- 遺留分請求の方法
- 特別寄与
- 相続登記
- 遺言執行者の権限を明確化
今回の記事ではこれらの改正内容について解説します。
自筆証書遺言の書き方
自筆証書遺言とは遺言者が全文を自筆しなければならない遺言書です。
自筆で作成することが要件であり、パソコンでの出力や他人による代筆で作成した場合は無効とされていました。しかし、テクノロジーが発展した現代においてはすべてを自筆するのは合理的でないと考えられます。
そこで、法改正により「遺産目録についてはパソコンなどによる作成を認めてもよい」と変更されることとなりました。本件法改正により、自筆証書遺言の遺産目録についてパソコンや代筆による作成が認められます。また預貯金通帳の写しや不動産全部事項証明書などのコピーの添付でも有効です。なお、パソコンで作成した書面や通帳の写しなどには遺言者の署名押印が必要です。
なお、パソコンなどによる作成が認められているのは、あくまで資産目録のみです。遺言書本文などについては自筆が必要である点には変わりがないので注意しましょう。
自筆証書遺言を法務局で保管できる
自筆証書遺言を作成した場合、これまでは遺言者が自宅などで保管する必要がありました。
ただ、自宅で遺言書を保管する場合には、紛失の危険や死後に相続人らに発見されない可能性があります。また、同居の相続人や遺言の発見者が隠匿したり、破棄したり、内容を書き換えたりするリスクも高くなります。
この点を受け、法改正により自筆証書遺言を法務局で預かり保管する制度が新設されました。自筆証書遺言を作成して法務局に持ち込むことで、法務局に遺言書原本を保管してもらえます。
自分で保管しなくて良いので紛失するおそれはありませんし、相続人らによる隠匿や破棄、書換えの心配もありません。また、自身の死後に相続人に通知がされるよう手配することも可能となります。
また、自筆証書遺言を法務局で預かってもらった場合、遺言書の検認が不要になります。検認とは、自筆証書遺言や秘密証書遺言の状態を家庭裁判所で確認して保存する手続きです。
本来であれば、相続開始後に遺言書を発見した相続人は、遺言書を開封する前に家庭裁判所で検認を受けなければなりません。検認を受けないと不動産の相続登記なども受け付けてもらえません。
自筆証書遺言を法務局で預かってもらうと検認手続きが不要になるので相続人にかかる負担を減らすことができます。
配偶者居住権
配偶者居住権が新設されました。配偶者居住権には「(原則的な)配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」があります。それぞれ見ていきましょう。
01.配偶者居住権
配偶者居住権とは、配偶者が被相続人名義の家に住み続けられる権利です。
これまでの制度では配偶者が家に住み続けるには配偶者が「家の所有権」を取得する必要がありました。しかし所有権は評価額が高くなるため、配偶者が家への居住を選択すると他の預貯金などの資産を取得できず、生活に困るケースがありました。また、自宅しか遺産がない事案では配偶者が家を取得できず家を売却して他の相続人と分けざるを得ないケースもありました。
このような配偶者の生活リスクを回避するため、配偶者に「住む権利」のみを認める「配偶者居住権」が新設されました。
遺産分割の際に配偶者が配偶者居住権を取得すれば継続して家に住み続けることができます。そのため、所有権を取得した相続人などから退去を求められる心配がありません。また、配偶者居住権の評価額は所有権よりも低いので、配偶者は、配偶者居住権を取得した上に他の預貯金などの資産を取得できる可能性が高くなります。
02.配偶者短期居住権
配偶者短期居住権は、「相続開始後に一定期間、配偶者が家に住み続けられる権利」です。
遺産分割が完了するか、相続開始後半年が経過するまでのどちらか遅い方の日までの間、配偶者は家に住み続けられます。これにより「被相続人が死亡した後すぐに配偶者が家から追い出されて困る」といった事態を避けられるようになりました。
預貯金の仮払い
預貯金の仮払い制度が新設されました。
預貯金の仮払いとは、相続開始後遺産分割が成立するまでの間であっても、相続人が一定金額まで被相続人名義の預貯金を出金できる制度です。
今までは相続開始と同時に被相続人名義の預貯金口座が凍結され、遺産分割が調うまでの間は相続人達が利用できない状態でした。そのため、相続が発生して葬儀費用が必要になったり、被相続人の預金で生活していた相続人がいたりすると経済的な不都合が生じました。
法改正により、一定限度額までは遺産分割前であっても出金できるようにしたことでこれらの不都合を回避することができるようになりました。
なお、出金できる限度額は、銀行1行につき「150万円」または「相続開始時の残高×法定相続分×3分の1」の少ない方です。
たとえば預貯金額が600万円、配偶者と子どもが相続する場合、子どもは「600万円×2分の1×3分の1=100万円」までの出金が可能です。
それ以上のお金が必要な場合には、裁判所に仮処分を申し立てることで法定相続分まで出金できる可能性があります。
特別受益の範囲を限定
法改正により、特別受益の範囲が従前よりも小さくなりました。
特別受益とは生前贈与や遺贈などを受けた相続人が得る利益です。生前贈与などによって特別受益が認められると、その相続人が遺産分割の際に受け取れる遺産額が減らされる可能性があります。これを「特別受益の持戻し計算」といいます。
従来相続人が生前贈与を受けた場合にはどんなに古い贈与であっても「特別受益」として評価されてきました。親が亡くなったとき、子ども達の間で30年、50年以上前に親からもらった車や持参金、学費などが争いの種になるケースも数多く発生し、トラブルが拡大していたのです。
このような無益な争いを防止すべく、改正法では生前贈与が特別受益になる範囲を「死亡前10年間」に限定しました。これにより、あまりに古い生前贈与が争いの種になる可能性がなくなり、遺産分割協議がスムーズに進みやすくなることが期待されます。
特別受益の持戻し免除の意思の推定
特別受益に関して、もう1つ改正が行われています。それは、配偶者へ居住用の不動産を贈与したときの持戻し計算免除推定についての規定です。
被相続人がある相続人へ生前贈与をしたとき、被相続人自身の意思で持ち戻し計算を免除できます。ただし免除するには遺言書などで免除の意思を明らかにする必要があります。
ただ、それでは配偶者が居住する家をもらったとき、夫が遺言書などで持ち戻し計算の免除をしてくれていないと、子どもなどの相続人に特別受益の持ち戻し計算を主張され、遺産をほとんど取得できなくなる可能性も発生します。
そこで法改正により、20年以上連れ添った配偶者間で居住用不動産の贈与が行われたときには、被相続人が持戻し計算免除の意思を明らかにしなくても「推定」されることになりました。これにより、夫が妻に家を贈与したとき、夫が遺言書を残していなくても妻に持戻し計算は適用されず、通常通りに遺産を相続できます。
なお、持戻し計算免除は推定されるだけなので覆すことは可能です。夫が持戻し計算を望む場合には、遺言書などで「妻への家の贈与については持戻し計算をすべき」と明らかにしておけば持戻し計算が行われます。
遺留分請求の方法
兄弟姉妹以外の相続人には最低限の遺産取得分として遺留分が認められており、遺言や贈与により配偶者や子どもなどの遺留分が侵害された場合は侵害者に対して遺留分の取戻しを請求できます。
この遺留分の請求方法について改正相続法では取扱いが変更されました。
従来は遺留分請求をすると「遺産そのもの」を取得する効果が発生していました。たとえば遺産に不動産が含まれているときに遺留分請求をすると、自動的に遺留分の請求者と侵害者との間で不動産が「共有状態」になってしまったのです。この共有状態を解消するには、別途共有物分割請求をしなければなりませんでした。
このような処理は大変な手間であることから、改正によって遺留分請求を「金銭(代償金)を請求する権利」に変更しました。
改正法の下では、遺留分権利者が侵害者に遺留分を請求するとき「遺留分侵害額」というお金での清算を求めることになります。不動産などの「遺産そのもの」は取得しないので共有になることはありません。
特別寄与料
改正相続法により、相続人以外の人であってもお金を受け取れる「特別寄与料」という制度が新設されました。
従来は、孫や長男の嫁などの相続人以外の親族がどんなに献身的に被相続人のために介護を行っても遺産や金銭の取得が認められませんでした。これではあまりに不合理であったことから、改正法では一定範囲の親族に特別寄与料の請求権を認めたのです。
孫や長男の嫁などの一定範囲の親族が被相続人を献身的に介護、看護した場合、その親族は特別寄与料というお金を受け取れます。
特別寄与料を請求できるのは、「6親等以内の血族と3親等以内の姻族」です。金銭を受け取るためには、相続開始後、各相続人に対して特別寄与料の支払いを求める必要があります。
相続登記
従前の制度では、相続によって不動産等を取得した場合、登記をしなくても第三者に対して権利を主張できました。このことを奇貨として長期間名義変更が行われずに放置されて「現在の所有者がわからない」、「誰も固定資産税を払わない」相続物件が増え、社会問題になっているという実情があったため、法改正が行なわれることとなりました。
法改正により、相続によって取得した物件であっても登記をしないと第三者に権利を主張できなくなりました。これにより、相続後も不動産の名義変更をせずに放置していると、先に登記を備えた第三者に土地や建物を奪われてしまう可能性が生じることとなります。不動産を相続したらこれまで以上に早めに名義変更を済ませましょう。
遺言執行者の権限を明確化
相続法の改正により「遺言執行者」の権限が明確になり強化されています。
これまでの民法において遺言執行者は「相続人の代理人」と規定されていました。しかし実際には遺言執行者がすべての相続人にとって有利な仕事をするとは限りません。一定の相続人においては遺言執行が不利益になることもあります。
また、従来の解釈では「相続人がいる場合、遺言執行者は単独で不動産の登記名義変更ができない」と考えられてきました。不動産の名義変更には相続人による協力が必要であり、相続人が拒絶したら登記を書き換えられない事態が発生していたのです。
このような問題を解決するために、改正法では「遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な一切の行為ができる人」という位置づけが明確化されました。また、相続人がいるケースでも遺言執行者は単独で不動産の名義変更ができることも明らかにされました。
遺言執行者の権限が明確になったことで今後は遺言書で遺言執行者を定めておく意味がより大きくなったと言えるでしょう。
さいごに
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