両親や祖父母が亡くなって相続をするとなった際、考慮すべきはその財産の内容です。
相続の対象となる財産にはプラスの財産(正の財産)のみならずマイナスの財産(負の財産)も含まれます。プラスの財産だけ相続することはできないため、マイナスの財産が多い場合には相続によって負債を負ってしまうことも考えられます。このような場合には相続放棄を検討することとなりますが、亡くなられた方がプラスの財産とマイナスの財産のどちらをより多く有していたかいうのを短期間で判別することは困難です。
このような場面において検討すべきなのが限定承認です。限定承認とは、相続人が相続によって得たプラスの財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ相続の方法です。
今回の記事では限定承認の内容、申述方法、必要な書類、税金の問題等について、相続に強い弁護士が解説します。
相続開始時の選択肢
相続が開始した場合、相続人は相続の方法として次の三つのうちのいずれかを選択することができます。
- 単純相続
- 相続放棄
- 限定承認
01.単純承認
単純承認は、相続人が、被相続人の現預金、不動産、有価証券等のプラスの財産と、借入金、未払金、公租公課等のマイナスの財産をすべてそのまま受け継ぐものです。
02.相続放棄
相続放棄は、単純承認とは逆に、相続人が被相続人の権利や義務を一切受け継がないものです。家庭裁判所への申述手続きが必要となります。
03.限定承認
相続人の債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もある場合等に、相続人が相続によって得たプラスの財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐものです。こちらも相続放棄と同様、家庭裁判所への申述が必要となります。
限定承認を行なうべきケース
限定承認を行なうべきケース、限定承認を行なうことでメリットを得られるシチュエーションとしては以下のようなものが考えられます。
01.プラスの財産とマイナスの財産のどちらが多いかわからないケース
一つ目は、プラスの財産とマイナスの財産とどちらが多いか分からないケースです。
限定承認での清算手続きが終わったとき、プラスの財産が多ければ相続人はこれを受け継ぐことができます。相続人が複数人いる場合(共同相続の場合)は遺産分割を行うことになります。
逆に限定承認での清算手続きが終わったときにマイナスの財産の方が多いケースでは相続人はプラスの財産の限度でしか債務を受け継ぎません。マイナスの財産を受け継ぐことはないので、相続人が経済的に不利益を被ることはないのです。
02.相続人の特定の財産を受け継ぎたいケース
2つ目は、被相続人の特定の財産を受け継ぎたいケースです。
例えば被相続人が債務超過であることが分かっていても、遺産中に含まれている自宅不動産を手放したくないというような場合、相続人は先買権を行使し自宅を買い取ることができます(後述)。
03.事業承継するケース
3つ目は、被相続人の行なっていた事業を承継したいケースがあります。
限定承認をした相続人はプラスの財産を上回る債務があっても債務を弁済する義務を負わず、被相続人が負っていた債務を被相続人が保有していたプラスの財産の限度で弁済すれば足ります。そのため、限定承認を上手く活用することで被相続人が営んでいた事業をリセットすることが可能となります。
限定承認の申述
01.申述先
限定承認の申述は、被相続人(亡くなられた方)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対し行ないます。
02.申述者
限定承認の申述は、相続人全員が共同して行う必要があります。逆を言えば、限定承認に不賛成の相続人がいる場合、限定承認の申述を行なうことはできません。
なお、相続放棄をした人は最初から相続人ではなかった扱いとなります。そのため、不賛成の相続人に相続放棄をしてもらい、残った相続人全員で限定承認の申述をするのであれば「相続人全員が共同して行う」という要件を満たすことは可能です。不賛成の相続人が出た際は、その人に相続放棄をしてもらえないか交渉してみましょう。
03.申述期間
申述は自己のために相続の開始があったことを知ったときから3ヶ月以内にしなければなりません。共同相続の場合には、最後に申述期間が満了する相続人の申述期間内であれば足りると考える見解が有力です。
なお、限定承認の申述しないまま申述期間を過ぎると相続人は単純承認をしたとみなされます。このあたりは相続放棄と同じですね。
伸長も認められている
所定の事情がある場合には、申立てをすることによって限定承認の申述期間の伸長を認めてもらうこともできます。
04.必要な書類
申述に必要な書類は、以下の通りです。
- 申述書
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
- 申述人全員の戸籍謄本
- 被相続人の子(及びその代襲者)で死亡している方がいる場合、その子(及びその代襲者)の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属に死亡している方(相続人と同じ代及び下の代の直系尊属に限る)がいる場合、その直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の父母の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の兄弟姉妹で死亡している方がいる場合、その兄弟姉妹の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 代襲者としてのおい・めいで死亡している方がいる場合、そのおい又はめいの死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
上記⑥は、申述人が、被相続人の(配偶者と)父母・祖父母等(直系尊属)(第二順位相続人)の場合に必要となります。また、⑦~⑩は、申述人が、被相続人の配偶者のみの場合、又は被相続人の(配偶者と)兄弟姉妹及びその代襲者(おいめい)(第三順位相続人)の場合に必要となります。
また、上記の書類とは別に以下のものも必要となります。
- 収入印紙800円分
- 連絡用の郵便切手(管轄の家庭裁判所によって異なる)
連絡用の郵便切手については、申立先の家庭裁判所の運用によって異なるので事前に管轄の裁判所に確認してください。
申述後の流れ
01.請求申出の公告・催告
限定承認は、相続財産に帰属する債権債務を清算する制度ですので、まずは債務の額及び債権者を特定する必要があります。そのため、限定承認をした相続人は、債権者に向けて請求申出の公告を行います。請求申出の公告とは「被相続人に対して債権を持っている人がいれば名乗り出て下さい」と周知する行為とお考え下さい。
請求申出の公告は、限定承認の申述の受理から5日以内にしなければなりません。なお、共同相続の場合は、申述の受理と同時に共同相続人の中から相続財産管理人が選任されるため、公告の期限は管理人選任審判の告知を受けてから10日以内となります。また、相続人にすでに知れている債権者には個別に請求申出の催告をすることとなります。
なお、公告には期間内に請求の申出がないとその債権が弁済から除斥される旨を付記することが必要です。但し、限定承認者は知れている債権者を弁済から除外することはできません。公告に定められた期間内(2ヶ月)に、申出をしなかった債権者で限定承認者に知れていなかった者は、残余財産があれば残余財産に対してのみ権利を行使することができます。
02.財産管理口座の開設
相続人が2人以上いる場合、相続人の1人が家庭裁判所によって相続財産管理人に選任されます。
相続財産管理人に選任された者は、今後の清算手続きを行っていくための口座を開設しなければなりません。なお、口座開設は、公告期間内(2ヶ月)に行なう必要があります。
03.相続財産の換価
被相続人名義の銀行口座がある場合には、限定承認の審判書を使い、預金の解約をして財産管理口座に移管していきます。また、相続財産に不動産があるときは、相続財産管理人は裁判所に不動産競売の申立をし、不動産の換価を行います。
先買権
不動産が長年住み慣れた自宅である場合、競売によって第三者がその不動産を競落してしまうと相続人がその不動産に住み続けることが難しくなってしまいます。
この点を解決する制度が先買権です。どうしてもその不動産を手元に残したいというような場合、家庭裁判所に鑑定人の申立することで不動産競売手続きを止めることができ、相続人は鑑定人の評価額を支払って優先的に不動産を買い取ることができます。なお、先買権を行使するためには相続人にその不動産を買い取れるだけの資力が必要です。
04.配当弁済
公告期間(2ヶ月)経過後、相続財産管理人は、届出のあった債権者やその他の知れたる債権者に対して、それぞれの債権額の割合に応じた配当を行います。
なお、債権者のうち、利息制限法を超える利息で貸付を行っているような債権者については、利息制限法による引直し計算をしたうえで債務が残ればその額を基準として配当しまsす。逆に過払金が発生しているような場合には過払金の返還を受けることとなります。
05.残余財産の処理
債権届出期間に申し出なかった債権者や相続人が知らない債権者がいた場合、これらの債権者は、上述の配当手続の結果残った残余財産についてのみ弁済を受けることができます。
限定承認と税金
01.納税義務
相続人がプラスの財産を受け継ぐときは、税法上、被相続人から相続人への譲渡があったとみなされ、被相続人の準確定申告が必要となります。被相続人に納税義務が発生するのは、相続財産の中に、取得日から相続開始日までの間に値上がりした財産、例えば不動産や証券がある場合です。
02.限定承認と税金
限定承認の場合には、税務上の問題も勘案しておかなければなりません。
不動産や有価証券などについて限定承認の手続きを行った場合、税法上は、被相続人がその財産を時価で相続人に譲渡したとみなして、みなし譲渡所得税がかかります。みなし譲渡所得税とは譲渡所得があったとみなして税金をかけるものです。被相続人に対して、すべての財産を時価で譲渡し収入があったとみなし、そこからその財産の取得費などの経費を差し引いた所得(譲渡益)に対して所得税がかかります。
そのため、含み益がある財産(例えば、相続開始日の評価額が購入した時よりも値上がりしている土地や株式)がある場合には、限定承認をすると被相続人に対して所得税がかかることになります。
このような場合、相続人は被相続人の所得税について準確定申告を行って、所得税の申告・納付をする必要があります(税法上の期限は4ヶ月)。被相続人に対する所得税は債務となり、その増額した債務は限定承認の手続によりプラスの財産を超える場合は切捨てられます。そのため、被相続人がプラスの財産よりマイナスの財産を多く持っているケースであれば相続人において基本的にデメリットはありません。しかし、被相続人がマイナスの財産よりプラスの財産を多く持っているケースでは、所得税の分だけ債務負担が増えることとなります。
さいごに
限定承認の制度趣旨は合理的です。しかし、実務は非常に煩雑で時間がかかるものであり、専門的な知識なしには手続きをすることが困難です。また、限定承認では税金の問題も表出することがほとんどです。そのため、限定承認の手続きを行なうのであれば、初期の段階から弁護士や税理士と連携しながら進めていくことが重要となります。
東京・恵比寿にある弁護士法人鈴木総合法律事務所では、相続事案について注力しており、限定承認についても広く受け付けております。限定承認を検討されている方は当事務所までお早めにご相談ください。