遺言や高額な生前贈与によって、法定相続人である子どもや配偶者が充分な遺産を受け取れないことがあります。
最低限の遺産取得分である遺留分が侵害されている場合、法定相続人は遺留分侵害額請求を行うことでお金を払ってもらう権利が認められています。
遺留分の取り戻し方法は令和1年7月の法改正によって大きく変更されました。遺留分侵害額請求は、法改正前は遺留分減殺請求と呼ばれておりましたが、両社には大きな違いがあるので正しく理解しておきましょう。
今回の記事では遺留分侵害額請求について遺留分減殺請求との違いを交えながら解説します。
遺留分侵害額請求
遺留分侵害額請求とは、侵害された遺留分をお金で取り戻すための請求です。
不公平な遺言や贈与が行われることで、法定相続人であっても一切の財産を受け取れないケースがあります。
たとえば、夫A、妻B、子C、子Dの4人家族がいて、夫Aが亡くなったとします。Aには遺産として1000万円の現金だけがありました。Aが遺言において「相続財産の一切を愛人Xに相続させる」と指定した場合、1000万円は愛人Xが相続することとなり、法定相続人である妻B、子C、子Dの3名は一切相続することが出来ません。
これでは本来相続ができたはずの法定相続人にとって非常に不合理となります。そこで法は、兄弟姉妹以外の法定相続人には最低限の遺産取得割合である遺留分を保障し、遺留分権利者は侵害者に対して遺留分侵害額請求を行うことで侵害された遺留分を取り戻すことが出来るようにしたのです。
なお、上記のケースでは、妻Bに4分の1、子C・Dにはそれぞれ8分の1の遺留分が認められます。すなわち愛人Xに対して、妻Bは250万円、子C・子Dはそれぞれ125万円を遺留分侵害額として請求することができます。
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求の違い
民法改正前は、遺留分減殺請求で遺留分を取り戻しておりました。令和1年7月の法改正において遺留分減殺請求は大幅に変更され、遺留分侵害額請求となりました。
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求の違いについてまとめたものが下記の表です。
遺留分侵害額請求 | 遺留分減殺請求 | |
侵害された遺留分の取り戻し方法 | 金銭請求によって取り戻す | 遺産そのものを取り戻す |
遺留分請求の効果 | 金銭請求権を獲得する | 遺産が即時に請求者のものとなる |
相手が遺産を処分した場合 | 金銭賠償を求められるので問題にならない | 遺産を取り戻せなくなる可能性がある |
遺留分侵害となる生前贈与の範囲 | 法定相続人への贈与の場合、死亡前10年以内に限定される | 法定相続人への贈与の場合、期間制限がない |
支払期限の延長 | あり | なし |
時効 | 相続開始と遺留分侵害があったことを知ってから1年以内。遺留分侵害額請求後、5年以内に支払いを受ける必要あり | 相続開始と遺留分侵害があったことを知ってから1年以内 |
01.侵害された遺留分の取り戻し方法
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では、侵害された遺留分の取り戻し方法が異なります。
遺留分侵害額請求の場合には金銭支払によって取り戻しますが、遺留分減殺請求の場合は遺産そのものを取り戻しました。
02.遺留分請求の効果
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では、遺留分を請求した際の効果も異なります。
遺留分侵害額請求の場合、請求の意思表示をすることで金銭請求権を取得します。その後の相手との交渉で遺留分侵害額を金銭として支払ってもらうこととなります。
遺留分減殺請求の場合、請求と同時に遺産の物権が権利者へ移転するため、その後あらためて請求を行う必要はありません。ただし不動産などの資産を実際に取り戻すには登記などの手続きが必要となるので結局は相手との話し合いや訴訟が必要となります。
03.相手が遺産を処分した場合
遺留分取り戻し前に相手が遺産を処分、売却などしてしまった場合の取り扱いも異なります。
遺留分減殺請求の場合は、遺産を取り戻す権利です。請求前や請求後に相手が遺産を第三者に移転したり毀損したりしている場合、取り戻しが困難となることがありました。また、遺留分減殺請求権を保全するためには、処分禁止の仮処分という手続きを行わねばなりません。
他方で遺留分侵害額請求はお金で清算してもらう権利です。金銭で支払われれば達成できるので請求前に相手が遺産を処分していても影響はありません。また、相手が遺産を売却してしまいそうな状況であっても処分禁止の仮処分を申し立てる必要はありません。
04.遺留分侵害となる生前贈与の範囲
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では、遺留分侵害となる生前贈与の範囲も異なります。
遺留分減殺請求では、法定相続人への生前贈与の場合について期間の制限がありませんでした。生前贈与がいつ行われたかに関わらずすべてが遺留分減殺請求の対象とされており、たとえば被相続人が亡くなる50年以上前に行われた学資の贈与なども遺留分侵害とされる可能性がありました。過去の贈与等については証拠が残っていないことが通常であり立証困難であるにもかかわらず、各相続人が古い贈与を持ち出したりすることで遺留分の返還が複雑化するという問題が発生していました。
改正後の遺留分侵害額請求では、法定相続人に対する生前贈与については「死亡前10年間」に限定されました。これにより各相続人はあまりに古い生前贈与を主張できなくなり、遺留分返還の手続きもスムーズに進められると期待されています。
05.支払期限の延長
遺留分減殺請求は遺産そのものを取り戻す手続きであり、請求と同時に権利が請求者へ移転するのでその後の履行の問題は発生しません。
他方で遺留分侵害額請求は金銭的な請求です。請求しても相手に支払能力がなければ支払いを受けられません。侵害者にしてみても現金がないのにいきなり一括払いを求められても支払えないと高いリスクが発生するでしょう。
この点を受け、遺留分侵害額請求では支払期限の延長が認められております。遺留分侵害額請求訴訟において裁判所が侵害者へ支払命令を出す場合でも、裁判所の裁量で弁済期が猶予されることもあります。
06.時効
遺留分侵害額請求と遺留分減殺請求では、時効についても異なる点があります。
遺留分減殺請求も遺留分侵害額請求も「遺留分侵害と相続開始を知ってから1年以内」に権利行使しなければならないという点は変わりありません。その行使方法(意思表示方法)は書面であっても口頭であっても有効です。また、双方とも遺留分侵害や相続開始があったことを知らなくてもそこから10年が経過すると権利が失われます。
異なる点ですが、遺留分侵害額請求の場合、相手へ意思表示をした後に実際にお金を回収しなければなりませんが、この金銭請求権にには債権の時効が適用されます。
債権の時効は以下のとおりです。
- 請求できると知ってから5年間
- 請求できると知らなかった場合は、請求できる状態になってから10年間
通常は遺留分侵害額請求の意思表示を行なった時点で「請求できると知る」ことになるので、遺留分侵害額請求の意思表示を行なった時点から5年以内に遺留分を回収しなければならないこととなります。
遺留分減殺請求の場合には「1年以内に意思表示をすれば完結」してその後の取り戻しに時効は適用されませんでしたので、時効の点については法改正によってハードルが高くなったといえるでしょう。
法改正の背景
遺留分減殺請求と遺留分侵害額請求には、債権的な権利と物権的な権利という根本的な違いがあります。なぜこのような改正が行われたのでしょうか?
01.当事者が共有を望まない
従前の遺留分減殺請求の場合、遺留分権利者が権利行使すると遺産が共有になってしまう問題がありました。遺留分減殺請求によって遺産の所有権が請求者に部分的に移転してしまうからです。
たとえば、夫A、妻B、子C、子Dの4人家族がいて、夫Aが亡くなったとします。Aには遺産としてマンション(評価額3000万円)の不動産だけがありました。Aが遺言において「相続財産の一切を愛人Xに相続させる」と指定した場合、マンションは愛人Xが相続することとなります。これに対し妻B、子C、子Dが遺留分減殺請求を行なった場合、マンションは愛人X、妻B、子C、子Dの共有状態となります(各人の持ち分は2分の1、4分の1、8分の1、8分の1)。
共有状態になると売却や抵当権設定などの各場面で共有者の承諾をとらねばなりません。愛人と協力して資産活用するのは困難ですので、結果的に活用も売却もできずに放置されることとなります。また、そもそも妻も愛人も遺留分減殺請求による共有状態など望みません。
この点を鑑み、金銭債権で解決ができるように遺留分侵害額請求が採用されました。
02.二度手間を防ぐ
遺留分減殺請求を行った場青、遺産の共有状態を解消するには共有物分割請求を行わねばなりませんでした。遺留分減殺請求と共有物分割請求とで二度手間となってしまうため、一回的に金銭清算によって解決できるよう、遺留分侵害額請求が採用されました。
遺留分侵害額請求の時効を止める方法
遺留分侵害額請求の時効を止める方法を確認しておきましょう。
01.1年以内に遺留分侵害額請求の意思表示をする
まずは相続開始と遺留分侵害を知ってから1年以内に侵害者へ遺留分侵害額請求の意思表示をしなければなりません。
「相続開始」とは被相続人が死亡した事実、「遺留分侵害」とは不公平な遺言や生前贈与などの事実です。
意思表示の方法については、口頭でも書面でもその他の方法でもかまいません。とはいえ確実に請求した証拠を残しておかないと時効を主張されてしまう可能性がありますので、内容証明郵便等の日付が残る方法で請求しましょう。
02.5年以内に遺留分侵害額の支払いを受ける
遺留分侵害額請求の意思表示を行ったらその後5年以内に実際の支払いを受けなければなりません。債権の時効が適用されるため、支払がないまま5年が経過すると権利が失われてしまい支払いを受けられなくなってしまいます。
遺留分侵害額請求後に相手と話し合い、支払い方法・支払スケジュールなどについて合意しておきましょう。合意できない場合には調停や訴訟を申し立てる必要があります。
03.訴訟や一部弁済で時効を止める
遺留分侵害額請求の意思表示を行っても相手が支払いに応じないことが往々にしてあります。放っておくと時効が成立してしまいますので注意が必要です。
そんなときには、時効の更新や完成猶予により時効成立を防ぎましょう。
- 相手に支払義務を認めさせる(債務承認)
- 相手が一部の支払いを行う
- 訴訟で確定判決を得る
- 内容証明郵便で請求(催告)
上記の①~③は時効の更新の方法、④は時効の完成猶予の方法です。時効の更新、時効の完成猶予については、下記のリンクを参照ください。
遺留分侵害額請求が適用される相続
遺留分侵害額請求が適用されるのは、『2019年7月1日以降の相続』です。それ以前に発生した相続には遺留分減殺請求が適用されます。
さいごに
遺留分を取り戻す一連の交渉においては、権利者と侵害者がお互いに感情的になりやすく話し合いがスムーズに進みにくい傾向にあります。また、遺留分の取戻し方法について大幅な法改正がなされたこともあり、法的知識があまりない方が対応しようとすると失敗したり不利益を被る可能性があります。
遺留分侵害額請求については弁護士に依頼することも検討しましょう。
東京・恵比寿にある弁護士法人鈴木総合法律事務所では、相続トラブルについて注力しております。遺留分侵害額請求についても広く受け付けております。遺留分を侵害されてお悩みの相続人の方は是非一度お気軽にご相談ください。