侮辱罪は、罵倒などの行為により公然と人の社会的評価を下げる言動をしたときに成立する犯罪です。
近年のネット上の誹謗中傷問題を背景として、2022年7月7日に改正刑法が施行され、侮辱罪が厳罰化されました。
従来の侮辱罪の刑罰は拘留または科料という非常に軽いものでしたが、今回の法改正で厳罰化され懲役刑や禁錮刑が科せられることもあります。
今回の記事では、侮辱罪の厳罰化についてその背景や厳罰化に伴う今後の変化等を解説します。
侮辱罪について
侮辱罪はどういった罪なのか、その構成要件(成立要件)を確認しておきましょう。
刑法第231条
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留又は科料に処する。
条文を読み解くと、侮辱罪が成立する要件は大きく3つに分けられます。
- 公然と
- 人を侮辱する
- 事実を摘示(てきし)していない
01.公然と
「公然と」とは、周囲に対して知らしめることです。
周囲については少数であろうと多数であろうと構いません。他者に広まる可能性がある場合や不特定多数に伝達される可能性がある場合はこの要件を満たします。
人前で罵倒したり対象者の周囲に悪評を流す行為はこの要件を満たすものとされています。
また、インターネット情報網が発展した昨今では、SNSやネット掲示板、クチコミサイト等に書き込みを行なった場合も「公然と」の要件を満たします(実際の閲覧数に左右されません)。
他方で、SNSのダイレクトメッセージ等、個と個の間でなされた侮辱的言動、当事者間のみの言動で他者が見ることができない・知ることができない状況下での言動は、この要件を満たしません。
02.人を侮辱する
侮辱者が発言した内容が以下のような言動でなければなりません。
- 人を侮辱するもの
- 人の社会的評価を下げる言動
以下のような発言であれば、対象者を侮辱するもの、社会的評価を下げるものと評価できますのでこの要件を満たします。
- 馬鹿野郎
- ハゲ
- チビ
- 貧乏人
- ブラック企業
- 詐欺師
他方で、言われた側が不快に感じていても客観的にみて侮辱とは取れない場合、社会的評価を下げるとはいえない場合には、この要件は満たしません。たとえば「あの人の考え方は独特だよね。」という言動はこの要件を満たさない可能性が高いといえます。なお、この発言前後の文脈次第では侮辱に該当する可能性もあります。
なお、ここでいう人は、自然人のみならず法人(会社)も含むものと解されています。そのため、特定の企業に対しSNS上で「ブラック企業だ」「詐欺会社だ」と発言した場合も侮辱罪が成立します。
03.事実を摘示していない
事実の摘示とは確認可能な事項を指摘することを言います。侮辱をするにあたりその根拠となる具体的な内容を示していたかどうかが基準となります。
例えば「あいつは泥棒だ」と侮辱した場合において、対象者を泥棒とする根拠(事実)をあげていないのであれば、「事実を摘示していない」ので侮辱罪が成立することになります。
他方で「アイツはおれの財布から1万円を盗んだ泥棒だ」と侮辱した場合において、対象者が泥棒である根拠を示しているのであれば、「事実を摘示している」こととなるので侮辱罪は成立しません。この場合は侮辱罪よりも重い名誉毀損罪が成立します。
侮辱罪は、事実を示さずに罵倒することによって成立するケースが多いとお考え下さい。
なお、ここでいう「事実」とは、根拠、理由、判断基準とお考え下さい。その「事実」は真実であるかどうかは問われません。そのため、誤った根拠であっても適示しているのであれば侮辱罪は成立しないこととなります。
侮辱罪が成立する具体例
侮辱罪が成立する言動としては、以下のようなものが挙げられます。
- SNSで「社長の神経を疑う」などと投稿する
- Twitterなどで他人になりすまし、本人の社会的評価を下げるような投稿を行う
- ニュースサイトのコメント欄に「ブス、きもい」などと投稿する
- ネット掲示板で「金の亡者」などと投稿する
- 会社(法人)に対し「詐欺、営業方法が詐欺まがい、悪質商法」などと投稿する
- 雑誌等の媒体に対象者の顔写真を載せ、「こいつはふしだら」などと記載して出版する
- 会社の朝礼において他の従業員のいる前で「こいつは無能!」と罵倒する
上記の言動について根拠を付した場合すなわち事実の摘示をした場合は、侮辱罪よりも重い名誉毀損罪が成立する可能性があります。
侮辱罪は親告罪
侮辱罪は、親告罪です。親告罪とは、告訴権者からの告訴がなければ検察が公訴提起(起訴)できない犯罪のことを言います。すなわち、侮辱の被害を受けた方が告訴をしなければ加害者は処罰されません。
侮辱罪の厳罰化
2022年7月7日、侮辱罪が厳罰化されました。
01.従来の刑罰
改正前は、侮辱罪の刑罰には科料(1万円未満の金銭を払う刑罰)または拘留(30日未満の身体拘束を受ける刑罰)の2種類しかなく、刑法犯でもっとも軽い犯罪となっていました。
ネット誹謗中傷で侮辱罪が成立した場合、9,000円程度の科料によって処理されるケースが大多数であり、拘留はほとんど適用されていない状況でした。
02.改正後の刑罰
法改正により侮辱罪の刑罰が厳罰化され「1年以下の懲役または禁錮」「30万円以下の罰金刑」が追加されました。科料や拘留については廃止されずにそのまま残っております。
よって本日現在において侮辱罪が適用される場合、以下の5種類から刑罰が選択されることとなります。
- 1年以下の懲役
- 1年以下の禁錮
- 30万円以下の罰金
- 拘留
- 科料
懲役刑は、30日以上の間身体拘束を受け、強制労働させられる刑罰です。侮辱罪では1年以下の懲役刑が適用される可能性があります。
禁固刑は、30日以上の間身体拘束を受ける刑罰です。懲役刑との違いは強制労働させられない点です。なお、本人が望めば労働することは可能です。
罰金刑は、1万円以上の金銭支払の刑罰です。侮辱罪が成立すると、30万円以下の罰金刑が適用される可能性があります。
03.刑罰以外に変更はない
今回の法改正により侮辱罪の法定刑は引き上げられましたが、法定刑以外の点については変更はありませんでした。そのため、侮辱罪の成立要件については変わっておりません。「公然と」の要件も維持されているのでSNSのダイレクトメッセージなど他者が確認し得ない方法において侮辱的な言動があったとしても侮辱罪は成立しない可能性が高いです。
また、親告罪である点も維持されております。そのため、侮辱罪が成立するような投稿をしても被害者が告訴しなければ処罰されません。
改正法の施行時期
侮辱罪を厳罰化する改正刑法が成立したのは2022年6月13日で、2022年7月7日に施行されました。適用されるのは2022年7月7日以降の侮辱行為となります。
侮辱罪が厳罰化された背景事情
なぜ侮辱罪が厳罰化されたのでしょうか?背景事情を確認しましょう。
01.悪質なネット誹謗中傷事案の増加
1つは悪質なネット誹謗中傷事案の増加です。
現在では多くの人がスマホやPCを使ってさまざまなサイトに簡単に自身の意見を投稿することができます。Twitter、Instagram、You Tube、ネット掲示板等を日々利用されている方も多いでしょう。また、自身のウェブサイトやブログで意見を発信されている方もいらっしゃるかと存じます。
こうしたSNSやウェブ上で、誹謗中傷が行われるケースが少なくありません。ときには炎上し多くの人から集中的に攻撃を受けるケースもあります。精神的に追い詰められ自殺に追い込まてしまう方もいらっしゃいます。有名人がSNS上の誹謗中傷を理由として自殺する事件もありネット上の誹謗中傷は社会問題化しました。
このようなネット上の誹謗中傷について、侮辱罪しか適用できないのであれば悪質な加害者への処罰が不十分です。この点を受け、悪質なネット誹謗中傷を撲滅すべく侮辱罪が厳罰化されました。
02.名誉毀損罪とのバランス
今までは侮辱罪の法定刑は科料または拘留のみでした。他方で名誉毀損罪の法定刑は3年以下の懲役または禁錮、50万円以下の罰金刑でした。
侮辱罪と名誉棄損罪の大きな違いは事実の摘示があったかどうかです。
ネット上での誹謗中傷と取れる言動があった際、事実を摘示していたかどうかだけで刑にこれほどの差があるのは不合理、不都合と考えられます。名誉毀損罪とのバランスをとるために侮辱罪の法定刑を引き上げる必要性があると考えられたことも今回の法改正の一因です。
このとおり今回の法改正にはネット誹謗中傷という現代における社会問題に対応するという大きな背景があります。侮辱罪の厳罰化は時代の要請ともいえるでしょう。
侮辱罪の厳罰化で何が変わる?
侮辱罪の法定刑が引き上げられたことにより今後は以下のような変化が生じると考えられます。
01.従来より重い刑罰を適用される
当然のことですが、ネット上の誹謗中傷について従来よりも重い刑罰を適用される事例が増えると考えられます。
近年ではネット誹謗中傷がまん延したことが影響して侮辱罪で立件される件数が増加し、2020年には30件程度が略式命令となっています。そのうち20件程度はSNSや掲示板などのネット誹謗中傷案件でした。適用された刑罰はすべて科料で拘留はありません。科料の金額的には9,000円程度となったケースが多数でした。
参考 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会 第1回会議配布資料
今後は懲役刑や禁固刑、罰金刑が適用される可能性があります。侮辱罪で立件されたとき、特に悪質なネット誹謗中傷行為であった場合は、高額な罰金を科されたり懲役刑、禁固刑を選択されたりする可能性が高いといえるでしょう。
02.2回目以降では実刑となる可能性も高くなる
侮辱罪が厳罰化されたとはいえ初犯でいきなり懲役刑や禁錮刑になるケースは少数かと予想されます。よほど悪質な事案でなければ初犯で実刑になることはないでしょう。
しかし2回目以降となるとそうはいきません。「反省がない」とみなされて懲役刑や禁固刑が選択され、ときには実刑となるケースも増えてくるでしょう。
従来は侮辱行為を何度繰り返しても科料または拘留になる可能性しかありませんでしたが、今後は懲役刑や禁固刑の実刑判決が出てしまう可能性が高いです。ネット上での誹謗中傷行為を繰り返している方はご注意ください。
03.逮捕、起訴される件数が増える
今までは侮辱罪の法定刑が軽かったこともあり、実際に逮捕、立件されるケースは多くありませんでした。
警察からの任意聴取のための出頭要請に正当な理由なく応じない場合、逃亡や証拠隠滅のおそれがあるとして逮捕される可能性があるのですが、侮辱罪の加害者は法定刑が軽く、逃亡や証拠隠滅をすることがなかったため、ほとんどのケースにおいて逮捕されることなく捜査が進められていました。
今回、法定刑が引き上げられたことにより、加害者が逃亡したり証拠隠滅したりする可能性がそれなりに高まったものと推察されます。
今後、ネット誹謗中傷などで侮辱罪が適用された場合、逮捕されて身柄拘束を受けた状態で捜査が進められるケースも増えるものと考えられます。
04.告訴件数の増加
侮辱罪は親告罪なので被害者が刑事告訴しなければ加害者は処罰されません。
従来、ネット誹謗中傷で侮辱行為をされても加害者に適用される刑罰が科料または拘留のみだったのであえて労力をかけて刑事告訴する人が少なかったと考えられます。
今後は懲役や禁錮、罰金刑が適用される可能性もあるので、被害者が刑事告訴する事例も増加するでしょう。
05.教唆犯と幇助犯の処罰
今までは侮辱罪が成立した際、教唆犯や幇助犯は処罰されませんでした。
- 教唆犯=犯罪行為をそそのかした人
- 幇助犯=犯罪行為を助けた人
教唆犯や幇助犯については「拘留または科料の罪」の場合に処罰しない(刑法第64条)と定められていますので、拘留や科料しか刑罰のなかった侮辱罪を教唆、幇助しても処罰されることはありませんでした。
法改正後は、懲役刑、禁固刑や罰金刑が適用されることがあるので、教唆犯、幇助犯も処罰の対象となります。
例えば以下のような場合、教唆犯や幇助犯として処罰される可能性があるので注意しなければなりません。
- 他人にネット誹謗中傷行為を勧める、過激な投稿をするようにあおる(教唆犯)
- ネット誹謗中傷を知り、止めるべき立場の人が止めなかった(教唆犯)
- 誹謗中傷を行うと知りながらネット環境を提供した(幇助犯)
- 誹謗中傷を行うと知りながらスマホやPCを提供した(幇助犯)
他人がネット誹謗中傷行為をしている場合、煽ったり手伝ったりしないようにしましょう。
トラブルに遭ってしまったら?
ネット上での誹謗中傷の被害に遭った場合、または誹謗中傷をしてしまい捜査の対象となってしまった場合、相手方から訴えられた場合はできるだけ早い段階で弁護士へ相談することが重要です。
法律が絡む問題なので知識が少ない方では判断がつかないケースが多々あります。また、当事者同士で対応するとトラブルが激化してしまう可能性が高いので、弁護士を代理人として交渉してもらった方が間違いがないです。
また、逮捕された場合はなおさら弁護士の必要性が高くなります。重い刑罰を適用されないように早めに刑事事件に積極的に取り組んでいる弁護士へ刑事弁護を依頼すべきです。
東京・恵比寿にある弁護士法人鈴木総合法律事務所では、ネット誹謗中傷対策や刑事事件に力を入れています。ネット上で誹謗中傷被害を受けた方、誹謗中傷をしてしまった方はお気軽にお問い合わせください。