暴行や痴漢、ストーカーなどの被害に遭われた方が、後日、加害者の代理人弁護士から示談を申し入れられるケースは多々あります。
加害者の弁護士から電話や書面でコンタクトがあるので、戸惑ってしまう被害者の方も少なくありません。
加害者側からの示談については必ずしも応じる必要はありません。しかし、断るよりも示談に応じてしまった方がメリットがあることもあります。
今回の記事では、刑事事件の加害者からの示談申し入れに対応する際のポイントについて、弁護士が解説いたします。
1.示談とは
示談とは、被害者と加害者が話し合って損害賠償の方法を決めることです。
刑事事件は一種の不法行為なので、加害者は、被害者に対し損害賠償金を払わねばなりません。たとえば傷害罪のケースでは被害者に負わせた怪我の治療費や慰謝料などを払わねばなりませんし、窃盗罪のケースでは盗んだものを弁償する必要があります。痴漢や盗撮のケースでも慰謝料が発生します。
これらの賠償金額や支払い方法を決めるのが、示談交渉です。
示談が成立し、合意内容に基づき加害が被害者に示談金を支払うことで、民事的な損害賠償問題は解決となります。

2.示談に応じる際の注意点
示談の申し入れを受け、示談するかしないかを検討する前に、知っておかねばならないことがあります。
それは、被害者が示談に応じた場合、加害者への刑事処分が軽くなる可能性が高いということです。
当事者間で示談が成立すると、加害者の刑事事件に以下のような効果が及ぶこととなります。
逮捕前に示談が成立すると逮捕されず立件されない
暴行罪や痴漢等の犯罪において、加害者が逮捕される前に被害者との示談が成立した場合、捜査機関が「解決済み」と判断してしまうことがあります。この場合、加害者が逮捕されず、刑事事件になりません。
逮捕後起訴前に示談が成立すると不起訴になる
すでに加害者が逮捕勾留され刑事事件になっている事案であっても、被害者との示談が成立すると不起訴になって事件が終了することが多いです。不起訴となった場合は、加害者に前科はつきません。
裁判中に示談が成立すると刑罰が軽くなる
加害者の刑事裁判が始まってから示談が成立した場合、相場よりも刑罰が軽くなる可能性が高くなります。たとえば実刑が相当なケースでも執行猶予となる可能性が高まりますし、懲役刑や禁錮刑の期間が短縮される可能性もあります。

以上のとおり、示談すると加害者から賠償金を受け取ることができますが、他方で加害者の刑事処分が軽くなってしまうことになります。被害者としてはこの点を踏まえ、慎重に判断しましょう。加害者に重い刑罰を与えてほしいのであれば安易に示談をすべきではありません。
なお、加害者から示談の申し入れがあったとしても、被害者側にはこれを受け入れる義務はありません。
- どうしても加害者が許せない
- 加害者と一切関わりたくない
- 加害者からお金を受け取りたくない
上記のような感情が強い場合は、無理に示談に応じる必要はありません。
3.示談のメリット
被害者の観点からすると、示談には以下のメリットがあります。
3-1.示談金を受け取れる
示談が成立した場合、約束した示談金をすぐに受け取ることができるので、金銭的・経済的にメリットとなります。
3-2.民事での回収を図る必要がない
示談に応じなかった場合、事件の賠償金(慰謝料や治療費等)については被害者自身で回収を図ることとなります。
相手方(加害者)に賠償金を払わせるためには債権回収(民事事件)のステップを踏まざるを得ず、相手方が支払わない場合は訴訟等で追及するほかありません。全額を回収するには多大な手間と時間、費用がかかることとなります。
示談に応じた場合は、相当額が速やかに支払われるのでこの点においてはメリットが大きいです。
3-3.二度と接触しない約束を取り付けられる
刑事事件において、被害者と加害者が示談を取り交わす際は、被害者と加害者が2度と関わらないという内容の条項、いわゆる接触禁止条項が記載されます。
刑事事件で多大な迷惑をかけられた被害者サイドとしては、加害者とは一切関わりたくないものです。
示談によって相手に自主的に「二度と関わらない」と誓約させることができるのは、大きなメリットといえるでしょう。

4.示談のデメリット

被害者観点での示談のデメリットについても確認しておきましょう。
4-1.加害者の刑事処分が軽くなってしまう
先述した通り、示談をした場合、加害者に対する処分が軽くなる可能性が高いです。また、被害届や刑事告訴状を提出している場合、取り下げるよう求められるのが一般的です。
4-2.相手と関わる必要がある
示談をするというこということは、イコール加害者と話し合いをしなければならないということです。
多くの場合、加害者の代理人弁護士(刑事弁護人)が被害者にコンタクトを取ってくるので、加害者本人とは話し合うことは在りません。とはいえ被害者にしてみれば、代理人弁護士からのコンタクトには大きなプレッシャーを感じてしまいますし、ストレスとなってしまうことも多数です。言いくるめられているのではないか、と不安になってしまう方もいらっしゃいます。また、性犯罪や傷害罪など、相手に強い恐怖感や嫌悪感を抱いている犯罪では、示談そのものが被害者にとって苦痛となってしまうこともあります。
5.示談するときの4つのポイント
刑事事件で加害者と示談するとした場合、ポイントとなるのは下記の4点です。
- 示談のタイミング
- 示談書の内容のチェック
- 示談金の金額
- 示談金の支払時期、支払い方法
それぞれについてみていきましょう。
5-1.示談のタイミング
加害者と示談するときには、いつ示談するか、すなわちタイミングが重要です。
たとえば逮捕前に示談すると加害者が逮捕されない可能性が高くなりますが、起訴後の示談であれば相手は何らかの処罰を受ける可能性が高くなります。刑事裁判が終了した後の示談であれば、相手の刑事罰に影響はありません。裁判後に示談をしても、相手の刑罰は軽くならないのです。
どうしても加害者を処罰してほしい、加害者の罪を重くしてもらいたいのであれば、刑事裁判が終了した後に示談するのも一つの方法です。
なお、刑事裁判後の示談は容易ではありません。刑事裁判が終了してしまった後だと、示談しても加害者の刑事処分が軽くならず、加害者にとって示談するメリットがほとんどなくなってしまうからです。後日、民事で被害者が賠償金を請求しても拒否される可能性が高く、訴訟を起こさねば賠償金を受け取れないこともあり得ます。
以上を踏まえ、示談のタイミングとそのリスクを改めて記載します。
お金を優先したい場合
刑事事件が終了する前に示談します。示談成立後速やかに示談金が支払われます。但し、相手の処分は軽くなります。
相手の処罰を優先したい場合
刑事事件が終了するまで示談には応じず、事件終了後に賠償問題を解決する方法です。相手の処分は重くなりますが、賠償金の受け取り(回収)が難しくなることがほとんどです。
どちらの方法がよいか自身では判断できない場合は、弁護士へ相談してみましょう。状況や気持ちを整理でき、方向性を固められます。

5-2.示談書の内容のチェック
示談する際は示談書を作成しなければなりません。
示談書とは示談内容をまとめた契約書です。示談書を作成する際は以下の内容が記載されているかをしっかりチェックしましょう。
謝罪
通常、刑事事件の示談書には「加害者から被害者への謝罪の文言」が記載されます。これをもって加害者が被害者へ謝罪した扱いとなります。
なお、被害者が希望すれば、示談書とは別に謝罪文を書かせて提出させることも可能です。
今後一切関わらないという約束
示談するときには、通常「加害者は今後一切被害者とかかわらない」という接触禁止条項を入れます。面会、電話、メール、SNSその他一切の方法で接触しないことを約束してもらいましょう。親や子どもなどの親族にも接触してもらいたくないときは、その旨も記載しておく必要があります。
約束をより確実に守らせるため、違約金条項を入れるよう要求してもかまいません。違約金とは、約束を破ったときにペナルティとして払わなければならないお金です。
宥恕、嘆願
刑事事件の示談書には、たいてい宥恕や嘆願の条項が含まれます。
宥恕とは被害者が加害者を許すことです。示談書に「宥恕します」という条文があると、被害者は加害者を許したと扱いになり、加害者への刑事処分が軽くなります。
嘆願とは被害者が加害者の罪を軽くしてほしいとお願いすることです。
被害者は、被害を受けたけれども、その被害者自身が加害者の処分を軽くしてもらいたいと望んでいるという扱いになり、加害者への刑事処分をさらに軽くする効果があります。
示談書に宥恕のみ記載するか嘆願まで含めるかはケースバイケースです。加害者の刑罰を軽くするよう嘆願するのに抵抗のある方は宥恕のみに応じるとよいでしょう。
秘密の厳守(守秘義務)
刑事事件で示談する際は、秘密厳守の約束をするケースもよくあります。事件の内容をお互いに一切口外しないと定める守秘義務条項です。
痴漢や盗撮、ストーカーや暴行などの事件は、被害者にとっても加害者にとっても他者には触れられたくない出来事です。
これを周囲に漏洩されるといろいろな噂が立ったり、事件を思い出して不快な思いをしたり、名誉を棄損されたりしてしまいます。このような事態を避けるため、お互いに事件を秘密にする約束をすることがほとんどです。
示談書を作成するときには、守秘義務条項が入っているかどうかをしっかりとチェックしましょう。
清算条項
清算条項とは「この示談書に定めた以外にお互いに債権債務関係がない」と確認するための条項です。今後加害者と一切関係を持たないためにも、必ず清算条項を入れておきましょう。
ただし、今回の示談金が賠償額全体の一部に過ぎず、残額を後日請求する場合においては清算条項を入れてはなりません。清算条項を入れてしまうと後日請求ができなくなってしまいます。
5-3.示談金の金額
示談する際は、示談金の金額も重要です。それでは、いくらで示談するのが相応なのでしょうか?

示談金の金額については、刑事事件の内容や損害状況等によって異なるので、一概にいくらであるとは定義することは困難です。なお、以下のような事情があると、示談金の金額が上がると考えられています。
加害者の行為が悪質
加害者の行為が悪質な場合は、示談金の金額は上がります。ここでいう悪質とは以下のような事情がある場合です。
- 被害者が死ぬかも知れないような危険な行為をした
- 高額なものを盗んだ
- しつこくつきまとって強い恐怖感を与えた
- 用意周到な犯罪
- 何度も繰り返し同じ被害者を盗撮、痴漢行為をした
被害者の受けた損害が大きい
被害者の受けた損害が大きい場合も示談金額は高額となります。例えば以下のような事情がある場合です。
- 被害者が大怪我をした
- 被害者が精神病になった
- 被害者が仕事をやめてしまった
加害者の社会的地位が高い、公職に就いている
加害者が、大学教授や政治家、有名な会社の社長、医師や警察官、公務員などの場合、一般の人より示談金額が高額になる傾向にあります。ケースが多数あります。
加害者の資産や収入が高い
加害者の収入が高い場合、少額の賠償金ではペナルティにならないと判断されるため、示談金額が上がる可能性があります。
実際にどのくらいの示談金額が相当かはケースによって異なります。提示された示談金額が相当かどうか不明な場合は弁護士へ相談してみてください。
5-4.示談金の支払時期、支払方法
示談金の支払時期、支払方法についても確認しておく必要があります。
入金時期について
示談金の入金時期は、可能な限り早めにすべきです。遅くしてしまうと支払われない可能性が上がります。特に支払時期を刑事事件終了後にしてしまうと、相手側が音信不通となり支払われないリスクが大きくなります。
分割払いのリスク
定められた示談金額について、相手方に一括払いできる資力があるとは限りません。分割払いを求められるケースもあります。
しかし分割払いとした場合、本当に最後まできちんと払ってもらえるとは限りません。刑事裁判が終わったら支払いをせずに音信不通になってしまう加害者も多数います。
そのため、相手によほどの信用がない限り、刑事事件の示談金を分割払いとすることはお勧めできません。どうしても分割払いにする場合、相手の家族などに連帯保証人になってもらうよう交渉しましょう。
6.自身での示談交渉が難しい方へ
刑事事件の被害者が、自身で示談交渉を行なおうとする場合、以下の負担を負うこととなります。
- 事件のことを思い出してしまい苦痛となる
- 相手の弁護士とのやり取りが手間、言いくるめられそう
- 示談金をいくらにすればよいのかが分からない
- 相手の刑罰を軽くしてしまうことに違和感
そんなときには、弁護士に相談することをお勧めします。
刑事被害の示談交渉を弁護士に任せれば、相手方とのやり取りはすべて弁護士が行います。自分で対応することがなくなりますので、ストレスや手間を軽減できます。
また示談に応じるべきかどうかわからない、示談金をいくらにすればよいかわからない場合も、弁護士が状況に応じて最善と考えられる方法をアドバイスできます。接触禁止条項や守秘義務条項など、被害者にとって重要な約束もきちんと盛り込めるので、示談後のトラブルも起こりません。
恵比寿の鈴木総合法律事務所は刑事事件の解決実績が高く、被害者側の代理人活動にも積極的に取り組んでいます。加害者や弁護士から示談の申入書が送られてきてお困りの被害者さまがおられましたら、お気軽にご相談ください。



