「浮気相手との間にできた子どもを夫に育てさせる」ことを托卵というそうです。もとは動物の生態(鳥類の性質)で使われていた言葉ですが、近年では夫婦間においても使用されるようになってきました。
夫からすれば自分の子だと思っていた子どもがそうではなかった(一切の血縁がなかった)ということになりますからたまったものではありません。離婚を検討するでしょうし子どもとの父子関係をなくしたいと考えるでしょう。
不貞を理由に妻と離婚をすれば夫婦関係は終了となりますが、子ども(浮気相手との子)との親子関係は残ってしまいます。これを放置すれば養育費を請求されたり遺産相続のときに相続人となってしまうといったリスクが生じます。
このようなケースにおいて親子関係を否定するには「嫡出否認の訴え」を提起する必要があります。
今回の記事では嫡出否認の訴えについて解説します。
嫡出子とは
嫡出子とは、婚姻中の夫と妻との間に生まれた子ども(婚姻中に妻が妊娠して生まれた子ども)のことです。
嫡出子は法律上「夫の子ども」と推定されます(民法772条1項)。これを「嫡出推定」といいます。
この嫡出推定は非常に怖いものです。たとえば妻が不貞相手との子どもを妊娠し出産した場合も不倫相手の子どもではなく「夫の子ども」として推定されることとなるためです。
また、離婚後300日以内に生まれた子どもも元夫の嫡出子と推定されます(民法772条2項)。そのため、離婚後に元妻が元夫以外の人間と性交し妊娠、離婚後300日以内に子どもを出産した場合も「元夫の子ども」と推定されることとなります。
役所で出生届が提出されれば子どもは元夫の戸籍に入り元夫の子どもとして生きていくことになります。
嫡出推定されたかどうか確認する方法
妻や元妻が出産した子どもについて嫡出推定されたかどうか確認するには戸籍を確かめる必要があります。
自分の戸籍謄本(全部事項証明書)を確認し、戸籍に血縁のない子どもが入っていた場合は嫡出子扱いになっているということです。
なお、元妻が妊娠したケースにおいては必ずしも嫡出推定されるとは限りません。たとえば離婚後300日が経過してから生まれたら嫡出推定は及びません。離婚後300日以内に生まれた場合でも元妻が嫡出推定を避けるためにあえて出生届を提出していない可能性はあります。
父子関係が認められてしまった場合のリスク・デメリット
父子関係がないのに「父子」として戸籍に反映されるとどういったリスク・デメリットがあるのか確認しましょう。
01.養育費を請求される
子どもの養育費を請求されてしまうというデメリットが挙げられます。
法律上、未成年の子どもと離れて暮らす親は子どもの養育費を負担しなければなりません。
嫡出推定が及ぶ場合、実際には血縁がないとしても法律上は「親子」として取り扱われますので、実際には自分の子どもでなくても養育費を払う義務が生じてしまうのです。
別の男性の子どもへ養育費を払うのは不本意でしょうから、早めに嫡出否認の訴えを提起すべきです。
02.扶養の義務が及ぶ
一定範囲の親族には扶養義務があります。扶養義務とは困窮している親族に生活費を支出したりして生活の面倒をみる義務です。
嫡出推定が及ぶとその子どもが将来経済的に困難な状態となったときなどに生活費を負担しなければならない可能性があります。
03.遺産相続が発生する
相続の場面においてもデメリットが生じます。子どもの相続順位は「第一順位」であり配偶者の次に優先される相続人です。
血縁関係がなくとも嫡出推定された子どもということで、血縁関係のある相続人たちと一緒に遺産分割協議をしなければならないので大変な混乱が生じるでしょう。被相続人としても血縁のない子どもに遺産を相続させるのは不本意かと思います。
嫡出否認の訴えとは
嫡出否認の訴えとは、父親が嫡出子との親子関係を否定するための裁判手続きです。
嫡出否認の訴えが認められ、裁判所が「嫡出子ではない」と判決を出せば、戸籍は訂正され子どもとの間に父子関係がなくなります。
父子関係を否定できれば上記のデメリットを回避することが出来ますので、将来のためにも訴えを提起するべきです。
嫡出否認の訴えを起こすべき状況としては下記の2ケースが挙げられます。
- 婚姻中に妻が浮気し不貞相手との子を身ごもり出産した。
- 離婚した妻が離婚後300日以内に別の男性との子を身ごもり出産した。
嫡出否認の訴えについて
嫡出否認の訴えについて確認していきましょう。
01.訴えの提訴権者
現行民法において嫡出否認の訴えを起こせるのは、基本的に「夫(元夫)」のみです(民法774条)。
なお、夫に後見人がついている場合には後見人が提起できますし、夫が死亡していたら相続人に申立権が認められます。
妻(母親)や子ども自身が嫡出否認の訴えを起こすことはできません。
02.調停前置主義が適用される
嫡出否認の訴えには調停前置主義が適用されます。調停前置主義とは訴訟を起こす前に調停を行わねばならないとするルールです。
調停前置主義の詳細については下記のリンクをご確認ください。
03.流れ
嫡出否認の訴えについては調停前置主義が適用されますので、まずは家庭裁判所に「嫡出否認調停」を申し立てなければなりません。
嫡出否認調停を行う裁判所の管轄は、母親の住所地を管轄する家庭裁判所です。
調停で母親側が「子どもは夫(元夫)の子どもではない」と認めた場合には、裁判所が調査を行った上で問題なければ嫡出推定を否定する審判を下します。
嫡出推定を否定する審判が出たら審判書が当事者の手元へ届きます。これを受け取ったら家庭裁判所へ審判の確定証明書を申請しましょう。書類が届いたら役所へ審判書と確定証明書を持参して「戸籍の訂正をしたい」と申し出てください。そうすれば子どもを戸籍から抜いて父子関係を訂正してもらえます。
なお、嫡出否認調停において妻(元妻)が認めない場合は、調停不成立となって終了します。
調停不成立となれば嫡出否認訴訟を提起できる状態となりますので、速やかに準備をして家庭裁判所で嫡出否認の訴えを提起しましょう。
なお、嫡出否認の訴えは一種の裁判(訴訟)です。父子関係がない事実を認めてもらうには「父子ではない証拠」を提出しなければなりません。通常は子どもとDNA鑑定を行えば証明できるでしょう。
訴訟手続は複雑で専門的なものであり知識のない方には負担が重くなります。調停で解決できなかったために訴訟を起こすなら弁護士までご相談ください。
嫡出否認の訴えが認められて父子関係を否定する判決が出たら判決書を入手しましょう。
判決書は判決日に裁判所へ行ってもらうこともできますし、判決日にいかなくても自宅で待っていたら郵送されてきます。弁護士に依頼していれば弁護士が判決書を受け取ります。
判決後2週間が経過すると相手が控訴しない限り確定するので、確定証明書も申請して取り寄せましょう。
判決書と確定証明書を役所へ持参すれば戸籍の訂正を受け付けてもらえます。
嫡出否認の訴えの期限
嫡出否認の訴えは、夫(元夫)が子どもの誕生を知ってから1年以内に提起しなければなりません(民法777条)。
妻や元妻が自分の子どもでない子どもを出産し、戸籍上「父子」とされてしまったと判明したら早めに嫡出否認調停を申し立てましょう。
また、子どもが生まれた後に「自分の子どもである」と認めてしまうと、嫡出否認の訴えを起こせなくなってしまいます。くれぐれもそういった対応をしないよう注意しましょう。
親子関係不存在確認の訴え
妻(元妻)の出産を知ってから1年以内に嫡出否認の訴えを提起できなかった場合、父親の方から父子関係を否定するにはどうすればよいのでしょうか?
この場合、親子関係不存在確認の訴えを行います。
親子関係不存在確認とは、父親と子どもの親子関係がないことを法的に確認するための手続きです。親子関係不存在が確定すると嫡出推定を覆して戸籍を訂正してもらえます。
こちらの手続きは嫡出否認の場合と要件等が異なりますのでご注意ください。
本記事では親子関係不存在確認の訴えについての説明は割愛します。
嫡出否認の訴えについての法改正
現在「嫡出否認の訴えの制度について法改正すべき」という議論が起こっています。理由としては「無戸籍の子どもが増えている」という社会問題が発生しているからです。
現在、子どもが生まれても出生届を提出しない母親がおり、その影響で大人になっても無戸籍のままになっている子どもが少なくありません。
出生届を提出しない理由の多くは嫡出推定です。離婚後も嫡出推定が及んで「元夫の子ども」とされてしまうので事実と異なる戸籍を嫌って女性が出生届を控えてしまうのです。
DVを受けていた女性が元夫に出産を知られたくないために出生届を出さないケースもよくあります。
しかし無戸籍では子どもが十分な社会保障を受けられません。就職や結婚などの各ライフステージにおいて不利になってしまうため、人権を保護するためにも無戸籍の人をなくさねばなりません。
現代は昔と異なりDNA鑑定の技術が高まっており、非常に高い精度で簡単に親子関係の有無を調べられます。「出生が離婚後300日以内の場合に嫡出子として推定する」必要性は低くなっているといえるでしょう。
また嫡出否認の訴えを起こせるのは夫のみというのも不合理です。間違った推定は母親や子どもの側からも覆せるのが合理的でしょう。
そこで以下のような法改正を行うべきではないかが議論されています。
- 子どもの出生が離婚後300日以内であっても、母が再婚していれば相手を父親と推定する
- 父親が重複する可能性がなくなるため、現在女性だけに認められる「離婚後100日間は再婚できない」という再婚禁止期間をなくす
- 嫡出否認の訴えを母親や子ども側からも起こせるようにする
嫡出否認の訴えを提起できる期間を1年とするのは短すぎるので延長すべき、という意見もあります。
近年中には上記の法改正が具体化し、嫡出推定や嫡出否認の訴えに関するルールが変更される可能性が高いといえるでしょう。
朝日新聞
法務省
さいごに
自分の子どもでない子どもとの間で戸籍上の父子となってしまうと、養育費や遺産相続の際などに多大な混乱やトラブルが生じる可能性があります。不本意な親子関係については嫡出否認の訴えを起こすべきでしょう。
なお、現行法においては嫡出否認の訴えは1年という短期で起こす必要があります。自身ですべてを対応するのは困難ともいえるでしょう。
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