口座差押えや給与差押え等の強制執行を行なう際に必要となるものが二つあります。ひとつは債務名義、もうひとつは債務者の資産に関する情報です。
債務名義は、訴訟などを起こして確定判決を得るなどすれば取得することができます。手続き自体は手間ですが請求が認められれば問題なく債務名義を得ることができます。
他方で、債務者の資産に関する情報は基本的には不明であることがほとんどです。債務名義を取ったとしても相手方の資産が不明ということであれば強制執行をすることができません。
このような不合理を解決するため、近年の民事執行法の改正により裁判所から債務者の資産について情報照会してもらえる制度が新設されました。この制度を第三者からの情報取得手続きといいます。
この制度を有効活用すれば相手方の資産が不明であっても強制執行をすることができることとなります。
今回の記事では、第三者からの情報取得手続きについて利用できる条件やその有効性、利用方法などについて恵比寿の弁護士が解説します。
民事執行法の改正
民事執行法は、その名のとおり民事執行について制定した法律です。
動産執行や不動産執行といった様々な強制執行の手順や要件などについて細かく定めており、たとえば不動産の強制競売や給与・預貯金の差押え等についてことこまかに規定されています。
この民事執行法は近年大きく改正されることとなりました。目まぐるしく変化する現代社会において従来の民事執行法は時代のニーズに合ったものとならなくなったためです。
特に問題視されたのが、強制執行の場面で『債務者の財産(差押えの対象の財産)が不明』であることを主たる理由として執行を諦めてしまうケースが多いことでした。法律に基づいて債務名義を取得しても、資産が不明であることを主因として強制執行による債権回収を図ることができなければ意味がありません。
この点を鑑み、権利実現の実効性を確保する見地から債権者が債務者の財産を調査する手段が拡充されてることとなりました。第三者からの情報取得手続きはこういった背景に沿って新しく制定されたものとなります。
この改正民事執行法は2020年4月に施行されておりますので第三者からの情報取得手続きはすでに利用可能な状態となっております。
第三者からの情報取得手続きとは
第三者からの情報取得手続き(以下「情報取得手続」と記載します)とは、裁判所から、各機関に対し債務者の資産や債権について調査しその情報を提供するよう依頼する手続きです。
情報取得手続を利用することで以下のような資産の存在について調査することができます。
- 債務者が所有している不動産
- 債務者の勤務先
- 債務者が開設している銀行口座及びその残高
- 債務者が有している株式等
調査の結果判明した債務者の資産等に対し強制執行をすることができますので債権回収を図ることが可能となります。
01.差押えに際し情報が必要な理由
差押え等の強制執行を行なうに際して債務者の不動産や勤務先等の情報がどうして必要なのでしょうか?
実は、確定判決や調停調書、公正証書といった債務名義(差押えができる権利)を得ているだけでは差押えを実行することはできません。対象となる資産や債権の詳細を確定して初めて強制執行を実行することができます。
02.財産の特定は難しい
差押えの対象とする債務者の資産や債権については債権者側が特定しなければならないのですが、この「債務者の財産を特定する」という行為は簡単そうに見えて実は非常に難しいのです。
強制執行の対象者のの資産等をどこまで特定する必要があるかについてですが、たとえば口座を差し押さえるのであれば金融機関名と支店名(一部例外あり)、給与や役員報酬を差し押さえるのであれば勤務先まで特定する必要があります。
ところが、債務者の資産等に関する情報は、債務名義を取る過程において債務者側から開示されることは基本的にありません。
財産開示手続で債務者に開示を要請することはできますがちゃんと開示されるとは限りません。また、あらかじめ勤務先やメイン口座を知っていたとしてもその後に転職されたりメイン口座を変更されたりしてしまえばやはり特定が困難となります。
また、自身で債務者の資産を調べようにも個人情報保護法等が壁となってしまい相手の資産に関する情報を得ることは困難です。
この債務者の資産を特定できないという問題を解決するため、情報取得手続が設けられることとなりました。
03.財産開示手続の改正
少し話が横道にそれますが、財産開示手続の改正についても触れておきます。
財産開示手続は、その名のとおり債務者本人に財産内容を開示させるための手続きです。
法改正前は財産開示手続に対し債務者が正当な理由なく対応しないや虚偽申告した場合、30万円以下の過料という行政罰で済んでいました。そのため、過料を払ってでも財産を開示しない債務者も中にはいたため、財産特定が捗らないという事情がありました。
法改正により財産開示手続に対し債務者が正当な理由なく対応しないや虚偽申告した場合に課せられる罰が「6ヶ月以下の懲役又は50万円以下の罰金」と行政罰ではなく刑事罰となりました。
これにより財産開示に応じないと前科が付いたり懲役刑が科せられるリスクができたことから、債務者による財産開示が改正前よりもまっとうになされることが期待されております。
情報取得手続を申立することができる人
情報取得手続の申立をすることができるのは、債務名義を有する人、または一般先取特権を有する人です。
01.債務名義を有する人
有効な債務名義をもっている人であれば情報取得手続を申立することができます。債務名義としては以下のような書類が挙げられます。
- 判決書
- 審判書
- 調停調書
- 和解調書
- 認諾調書
- 支払督促にもとづく仮執行宣言
- 強制執行認諾条項つき公正証書
02.一般先取特権を有する人
一般先取特権を有する人もこの制度を利用できます。
一般先取特権とは、法律によって優先的に回収できるとされている債権で、お葬式の費用や雇用関係にもとづく給料などの債権、日用品の供給についての債権などが該当します。
不動産情報
情報取得手続によって調査できる資産の一つである不動産情報についてみてみましょう。
01.不動産情報
裁判所は、法務局に照会をかけることで債務者が所有する不動産について情報の提供を受けることができますので、債務者名義の土地や建物、マンションについて、その使途(居住用、投資用)を問わず明らかすることが可能となります。
不動産が所有してることが判明すれば差押えと競売を申し立て換価することで債権回収を図ることが可能となります。
02.不動産情報取得の要件
不動産に関する情報を取得するには、有効な債務名義を持っていることに加えて以下の要件を満たす必要があります。
- 財産開示手続を先行して行っていること
- 財産開示手続から3年以内であること
- 強制執行が失敗していること産開示手続きを先に行ったこと
以下、具体的に確認してみましょう。
財産開示手続を先行して行っていること
民事執行法は、債務者本人に財産内容を開示させるための財産開示手続きを定めています。
不動産について情報取得手続を利用するためには先に財産開示手続きを申し立てなければなりません。財産開示手続きを行っても不動産の内容が判明しない場合にはじめて第三者からの情報取得手続きを申し立てることができます。
財産開示手続きから3年以内
先行する財産開示手続きから3年以内に情報取得手続を申し立てる必要があります。
3年が経過している場合はあらためて財産開示手続きを行わねばなりません。
強制執行が失敗したこと
債務者に他の資産や債権があると見込まれる場合には先にそちらに強制執行を行う必要があります。この強制執行が失敗した場合にはじめて不動産に関して情報取得手続を利用することができます。
勤務先情報
01.勤務先情報
裁判所は、市区町村や日本年金機構、共済組合などに照会をかけることで債務者の勤務先について情報の提供を受けることができます。
債務者がどこに勤務しているのかを特定することができれば給与や賞与を差し押さえることが可能となります。
債務者の給与を差し押さえることができれば債権の満額回収に至るまで永続的に差押えをすることができるので非常に有効な債権回収手段となるでしょう。
02.差押えをすることができる範囲
給与・賞与は、その全額を差し押さえることができるわけではありません。差押えができるのは以下の範囲に限定されます。
- 手取りの4分の1の金額
- 手取り額が44万円を超える場合は、33万円を超えた金額全額
また、養育費や婚姻費用の差押えの場合の限度額は以下のとおりとなります。
- 手取りの2分の1の金額
- 手取り額が66万円を超える場合は、33万円を超えた金額全額
なお、対象が給与・賞与ではなく役員報酬である場合はその全額を差し押さえることが可能です。
03.勤務先情報取得の要件
勤務先情報を取得する際の要件は、不動産の情報照会手続きの場合とほぼ同一です。
- 有効な債務名義を有していること
- 財産開示手続を先行して行っていること
- 財産開示手続から3年以内であること
- 強制執行が失敗していること産開示手続きを先に行ったこと
預貯金情報
01.預貯金情報(口座情報)
裁判所は、金融機関に照会をかけることで対象となる債務者がその金融機関において口座を開設しているか、開設している場合はその支店名を開示してもらうことができます。
先述のとおり、口座を差し押さえる場合は金融機関と支店名を特定している必要がありますが、金融機関の支店は多数あることが通常なので特定するのはかなり困難です。
情報取得手続を利用すればその金融機関で口座を開設しているかどうかを確認することができるので口座の特定が容易となります。
照会できる金融機関は、メガバンク、地方銀行、信用金庫、JAや労働金庫などで幅広いです。また、外国銀行であっても日本国内に支店があって預金を受け入れているなら照会対象となります。
また、情報取得手続では2つ以上の金融機関を同時に照会することも可能です。
02.金融機関情報取得の要件
- 有効な債務名義を有していること
- 強制執行が失敗していること
不動産や勤務先情報の要件とは異なり財産開示手続きを先行して行っていることは要件ではありません。
03.注意点
金融機関情報の照会にはいくつかデメリットがあります。
金融機関の特定が必要
一つ目のデメリットとして、有効な照会を行うためには金融機関を特定する必要があるという点が挙げられます。
A銀行について情報取得手続をとったことで自動でB銀行についても照会されるということではないのです。
対象となる金融機関は地方特有の金融機関(地銀)を含めれば無数にあります。全国の金融機関すべてに対し一括で照会ができない以上、ある程度金融機関を特定(推定)していないと照会しても空振りに終わり支店を特定することはできません。
口座にお金が残っているとは限らない
照会により口座を特定することができたとしてもその口座がメインで使われているかは判断することは難しいです。また数百円しか入っていないということもありえます。
このようなデメリットがあることから、口座特定(口座差押え)は勤務先特定(給与差押え)よりも効率が悪いといえるでしょう。
株式情報
01.株式情報
裁判所は証券会社や信託銀行に照会をかけることで、債務者が有する株式や債券、投資信託などの資産についての情報の提供を受けることが可能となります。
保有株式や投資信託の内容を明らかにすることができればこれらを差し押さえることで債権回収を図ることができるでしょう。
02.保有株式情報取得の要件
- 有効な債務名義を有していること
- 強制執行が失敗していること
口座情報取得の要件と同様、財産開示手続きを先行して行なうことは必要ありません。
情報取得手続の対象外となる機関
生命保険も財産の差し押さえ対象となります。解約返戻金のある生命保険を差し押さえれば強制的に解約することで得た返戻金を回収することができるからです。
しかし、執筆現在において情報取得手続の照会先に生命保険会社などの保険会社は含まれていません。すなわち、債務者の加入している保険の調査は情報取得手続では対応ができないということです。
なお、今後の法改正や制度拡充によって保険会社についても照会できるようになる可能性はあります。
情報取得手続の申立方法
情報取得手続の申立方法についてみてみましょう。
01.管轄の裁判所
まずは裁判所へ申立書と添付書類を提出します。管轄は債務者の住所地の地方裁判所です。
債務者の住所地がない場合、照会先の機関が所在する場所の地方裁判所へ申立を行います。
管轄を間違えると申立を受け付けてもらえないので注意しましょう。
02.必要書類
情報取得手続の申立には以下の書類が必要となります。
- 申立書
- 当事者目録
- 請求債権目録
- 債務名義の正本
- 送達証明書
- 確定証明書(債務名義が家事審判の場合)
- 債務名義の還付申請書(還付が必要な場合)
当事者に法人が含まれる場合には商業登記事項証明書や代表者事項証明書も必要となります。
債務名義に書かれている名前や住所に変更がある場合には住民票や戸籍附票、戸籍謄本や履歴事項証明書などの書類が必要となる可能性もあります。
申立後の流れ
情報取得手続の申立後の流れは以下の通りです。
- 情報提供命令の発令
- 情報提供命令正本の送達
- 第三者からの情報提供
以下、確認しましょう。
01.情報提供命令の発令
申立てが要件を満たしていれば、裁判所から第三者へ情報提供命令が発令されます。
02.情報提供命令正本の送達
裁判所から、第三者及び申立人に情報提供命令の正本が送達されます。
03.第三者からの情報提供
第三者から照会内容の回答(情報提供)がなされます。第三者からの回答は裁判所になされることもあれば申立人に直接なされることもあります。ただし、不動産情報と勤務先情報については直接申立人に送付されることはありません。
10.申立時の注意事項
01.原本還付申請について
申立の際に「原本還付申請」をした場合、情報提供書や情報提供命令の正本と一緒に債務名義の正本(判決書など)を返してもらえます。
原本が返ってくるタイミングは照会先によって異なります。不動産情報、勤務先の場合には情報提供書の写しと一緒に戻ってきます。預貯金や株式情報の場合には情報提供命令の正本と一緒に戻ってくることになります。
債務名義正本は強制執行の際に必要となりますので、情報取得手続申立の際には必ず還付申請をしておきましょう。
02.債務者に通知されるケースがある
預貯金や株式情報に関して申立を行った場合、第三者から情報提供を受けてから1ヶ月が経過すると債務者本人にも情報提供通知が送られます。こうなれば債務者側は預金を口座から出金したり株式を売却処分することで資産隠しをすることが予想されます。
そのため、預貯金や株式情報についての情報提供を受けたら速やかに差し押さえを行ないましょう。
まとめ
第三者からの情報取得手続きは始まったばかりの新しい制度であり有効活用するには専門知識が必要です。
東京・恵比寿にある弁護士法人鈴木総合法律事務所では債権回収に注力しており最新の法改正内容についても日々アップデートしております。
債権回収でお困りごとを抱えていらっしゃる方は是非一度お問い合わせください。