交通事故~歯牙障害における労働能力喪失率について~

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弁護士 鈴木 翔太
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交通事故~歯牙障害における労働能力喪失率について~

1 はじめに

交通事故の被害に遭った場合、事故態様や衝突部位によっては、歯が折れたり歯が抜けたりなど、歯(歯牙)を負傷し、後遺障害(歯牙障害)が残ることがあります。ところが、歯牙障害の後遺障害が残ったとしても、損害賠償において必ずしも後遺症による逸失利益が認められるわけではありません。それは、歯牙障害の場合、労働能力の喪失がない(労働能力喪失率が認められない)と判断されることがあるからです。そこで、歯牙障害を受傷した場合、損害賠償において労働能力喪失率はどのような基準で判断されるのか、事例を参考にしながらご紹介します。

2 労働能力喪失率の認定について

そもそも、労働能力喪失率とは、後遺障害によって労働能力が失われた割合を%で示す考え方です。そして、現在の実務では、①自賠責保険の後遺障害等級表への当てはめ、②等級表に記載された等級の確定、③労働能力喪失率表への当てはめの各作業を順次行い、障害等級に対応した労働能力喪失率を得る、という操作を行うのが通常です。

労働能力喪失率表(労働省労働基準局長通諜昭和32年7月2日基発第551号)

障害等級労働能力喪失率障害等級労働能力喪失率
第1級100/100第2級100/100
第3級100/100第4級92/100
第5級79/100第6級67/100
第7級56/100第8級45/100
第9級35/100第10級27/100
第11級20/100第12級14/100
第13級9/100第14級5/100

しかし、上記後遺障害等級表と労働能力喪失率表は、損害算定の資料として適切なものが他にないため、これらに準拠して損害算定を行う取り扱いが実務慣行として定着しているものに過ぎず、損害賠償額算定において法規範となるものではありません。

したがって、後遺障害等級表による等級評価とそれに対応した労働能力喪失率表による喪失率の認定は、あくまで損害算定のための参考資料であり、重要なのはその後遺障害によって受ける被害者の労働・日常生活上の具体的な不利益の内容・程度ということになりますから、その後遺障害の該当等級の喪失率からかなりの程度上下した喪失割合が認定されることもあります。

そのため、障害の態様によっては、後遺障害は発生していても財産的損害は発生しないとする例も出てくることになり、その典型が歯牙障害です。

 

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3 歯牙障害について

後遺障害となり得る歯牙障害とは、一定数以上の歯に対して「歯科補てつを加えたもの」と定められており、「歯科補てつを加えたもの」とは、現実に喪失又は著しく欠損した歯牙に対する補てつを意味します。

そして、歯を喪失したり欠損しても、義歯を入れたり修復すれば歯の機能は回復するため、通常、労働能力への影響はないと考えられています。裁判例においても、歯牙障害は原則として労働能力の喪失が生じないと判示するものが多く存在します(神戸地裁平成26年3月7日判決、東京地裁平成22年7月20日判決、東京地裁平成16年9月1日判決等)。

もっとも、歯が修復されたとしても、言葉の発音に障害が生じたり、歯を食いしばって力を入れるような肉体労働的側面が強い職業では不都合が生じたりすることが考えられ、その場合は例外的に、労働能力の喪失を認めるべきということになります。

以下、歯牙障害による労働能力喪失が争われた裁判例を紹介します。

4 裁判例

①東京地裁平成9年5月13日判決

裁判年月日東京地裁平成9年5月13日判決
年齢19歳
職業土木作業員
後遺障害等級12級3号(歯牙障害)
喪失率なし
喪失期間なし
理由かみ合わせが悪くなり、言葉の発音もはっきりできなくなったことが認められるが、本件事故の前後を通じた原告の減収の事実を認めるに足りる証拠はない上、原告の現在の職業及び将来就くことを希望していた職業(整備士)、年齢を前提としても、労働能力喪失を認めることはできない。

②名古屋地裁平成25年4月19日判決

裁判年月日名古屋地裁平成25年4月19日判決
年齢40歳
職業パンの製造に使用する風味改良剤等の営業販売
後遺障害等級12級と14級2号(歯牙障害)の併合12級
喪失率7%
喪失期間27年(就労可能年数)
理由風味、食感、口溶け、味等を確認するために、最低でも10回、多いものでは50回以上パンを咀嚼して試食する必要がある原告の職務内容に照らせば、咀嚼に相当時間を要することや、3歯以上に歯科補てつを加えたことが何ら労働能力に影響を及ぼさないとは考え難く、原告に現実の減収は生じていないものの、原告の特段の努力によるものとして後遺障害逸失利益を認めるのが相当であり、原告の実収入を基礎収入とし、労働能力喪失率については、後遺障害の内容や程度、職務内容等を総合するに7%とし、喪失期間は就労可能年数の27年間と認めるのが相当である。

③東京地裁平成22年7月20日判決

裁判年月日東京地裁平成22年7月20日判決
年齢不明
職業事務職員
後遺障害等級14級9号と13級5号(歯牙障害)の併合13級
喪失率4.5%
喪失期間10年
理由被告の後遺障害の程度、内容等(特に、歯牙破折は一般的な職業を前提とすると、直ちに労働能力喪失と結びつくか疑問がないわけではないこと、胸の疼痛も時間の経過とともに緩和されることが期待されること等)によれば、労働能力喪失率を4.5%、喪失期間を10年とするのが相当である。

④大阪地裁平成27年4月17日判決

裁判年月日大阪地裁平成27年4月17日判決
年齢34歳
職業営業職
後遺障害等級12級15号と13級5号(歯牙障害)
喪失率なし
喪失期間なし
理由歯科補てつに関しては、他に咬合不良等も生じていないとされていることに照らせば、補てつがあったことをもって直ちに身体的な労働能力に影響を及ぼすものとはいえず、また、下顎部の醜状痕に関しても、その存在をもって直ちに身体的な労働能力に影響を及ぼすものとはいえない。

⑤横浜地裁平成5年12月16日判決

裁判年月日横浜地裁平成5年12月16日判決
年齢50歳
職業 飲食店(そば屋)経営
後遺障害等級11級4号(歯牙障害)
喪失率なし
喪失期間なし
理由原告に歯牙障害が残り、それが味覚に何らかの影響があり得るかもしれないとしても、また、原告がそば屋を業としており、通常人以上に味覚に鋭敏でなければなければならないにしても、歯牙障害の故にその労働能力の一部を喪失したとまで認めることはできず、後遺障害慰謝料の算定において斟酌することをもって足りるというべきである。

⑥東京地裁平成16年9月1日判決

裁判年月日東京地裁平成16年9月1日判決
年齢50歳
職業不動産管理
後遺障害等級11級4号(歯牙障害)と14級10号
喪失率5%
喪失期間10年
理由歯牙障害については、その性質上直ちに後遺障害等級相当の労働能力を喪失したとはいえない。しかし、原告の現在の症状が11級4号、既存障害が12級3号であること、本件事故により前歯4歯を欠損し、新たに入れ歯としたこと、本件事故前には歯牙に関して日常生活上何らの支障もなかったが、入れ歯としたため通常に話すと入れ歯の金具が見えるため口元が気になる上、子音を構成する口唇音のうち、ま行音、ぱ行音の発音にも影響が生じており、これは原告の接客等の業務に影響があると考えられること、また、仕事中に重い荷物を持って階段を昇降するなど歯を食いしばる場合に以前のように力が入らず、さらに咀嚼機能にも低下があること、実際にも、本件事故後に減収があることが認められる。もっとも、原告の支障や症状は、経年や慣れにより軽減するものと考えられることから、歯牙障害と頸部及び右肩の神経症状を併せて、症状固定時から10年間にわたり、労働能力の5%を喪失したと認めるのが相当である。

5 まとめ

以上の裁判例が判示するように、歯牙障害は、原則として労働能力の喪失が認められない傾向にあります(裁判例①④⑤)。もっとも、実際に、歯を使う業務に従事している場合や、業務の性質上、義歯等では仕事に支障がでたり業務を遂行できなかったりする場合には、歯牙障害による労働能力の喪失を認めていることケースもあります(裁判例②③⑥)。

したがって、被害者の方の業務内容や、その仕事の頻度、期間によっては、労働能力の喪失が認められる場合もあり、この場合には後遺症逸失利益も認められることになります。

歯牙障害を受傷した場合、それが、仕事に支障が出るということを、具体的に主張・立証する必要があるといえるでしょう。

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