仮差押とは、相手の資産や債権を仮に差し押さえることでその処分を禁止する手続きです。
相手による財産処分や財産隠しを防止できるだけではなく、心理的なプレッシャーをかけることもできるので、債務者による任意の支払いを促す効果も期待できます。仮差押は債権回収を図るうえで有効な対処方法の一つと言えます。
今回の記事では仮差押の手続の概要、メリットやデメリット、手続きの流れについて解説します。
仮差押とは
仮差押とは、債務者が金銭債権を払わないときに裁判所に申立てをして、債務者の財産を仮に差し押さえるための手続きです。仮差押が実行されると債務者は仮差押された財産を処分できなくなります。
たとえば不動産を仮差押すると債務者は不動産の譲渡や抵当権の設定などができくなりますし、預金を仮差押すると債務者は預金口座からの出金や振込などの操作が一切できなくなります。
仮差押の目的
仮差押の目的は、訴訟を進めている間に債務者が財産処分するのを防ぐことです。
支払いをしない債務者に対し法律に則って回収を図る場合、債権者は以下のステップを踏むことになります。
- 訴訟を起こす
- 勝訴判決を得る(債務名義を得る)
- 債務者が有する財産を差し押さえる(強制執行)
訴訟を起こしたとしても判決を獲得するまでは強制執行することはできないのですが、裁判が終わるまでにはかなりの時間を要します。判決がでるまでの間に債務者に不動産や預金などの財産を処分されてしまえば、いざ強制執行しようとしても差し押さえるものがなくなっていることもあります。
このような事態を防ぐ目的で、訴訟の間の債務者による勝手な処分を禁止しその資産を保全する仮差押という制度が存在します。
仮差押の対象になるもの
仮差押の対象にできるものは、主に以下の3種類です。
01.不動産
債務者名義のマンション、一戸建ての土地や建物、投資用物件などの不動産は、仮差押の対象になります。
02.債権
銀行の預金残高や保険の解約返戻金、売掛金といった債権も仮差押の対象となります。
03.動産
貴金属や現金、高級時計や絵画などの動産類も仮差押の対象となります。なお、生活に必須の家具家電や最低限度の現金といった財産は、差押禁止動産に該当するため仮差押の対象とはなりません。
仮差押の順番
仮差押を行う場合、まずは不動産を対象にすべきと考えられています。不動産を仮差押しても債務者の生活に与える影響が小さいためです。また、不動産は資産価値が大きいという理由も挙げられます。
債務者が不動産を有していない場合や既に抵当権が設定されていて仮差押する意味がない場合には債務者の銀行預金などの債権の差し押さえを検討しましょう。
動産は、最後の選択肢となります。そもそも債務者がどういった財産を所持しているのかを事前に特定するのは困難ですし、仮差押をしても実効性が低いといった事情もあります。実務上でも動産の仮差押を行うケースは少数です。
仮差押の流れ
仮差押は、以下のような流れで進めます。
01.仮差押の申立
まずは地方裁判所へ仮差押の申立を行ないます。
仮差押の対象物にもよりますが、標準的に以下のような書類が必要となります。
- 申立書
- 請求債権目録
- 当事者目録
- 仮差押債権目録、物件目録
- 申立人や相手方が法人の場合には資格証明書
- 陳述書
- その他の疎明資料
また、収入印紙2,000円分と送達用の郵便切手も必要です。
02.裁判所で審理
書類を提出すると、裁判所で審理されます。
03.裁判官との面談
仮差押命令を出すかどうか判断するため、裁判所において、裁判官と申立人(債権者)の面談が行なわれます。裁判官からいろいろと質問されるのでわかる範囲で答えましょう。
提出書類の訂正を求められたり、追加の資料を求められたりするケースもあります。指示された通りの補正を行わないと仮差押の決定は出ません。
04.担保の提出
書類が整って仮差押命令が出ることが決まったら、先に担保を提供しなければなりません。
担保は現金で提供します(担保金)。裁判所から担保金の額を教えてもらったら法務局へ行って指定額を現金で供託します。
供託後、裁判所に供託書を提出すれば立担保(担保を立てること)が完了します。
05.仮差押命令
裁判所が仮差押命令を下します。
先に債務者に知られてしまうと財産を隠される可能性があるので、債務者よりも先に法務局や金融機関等に通知されます。通知を受けた金融機関等は資産凍結を実行します。
その後、債務者に仮差押命令が送達されます。
仮差押の要件
仮差押が認められるためには、被保全権利が存在すること、保全の必要性があることの2つの要件を満たす必要があります。
01.被保全権利
被保全権利とは、仮差押によって守るべき権利です。金銭債権であることが必要となります。
たとえば以下のような金銭請求権が被保全権利となります。
- 売掛金
- 貸付金
- 業務委託の債権
- リース料
- 工事代金
- 未払い賃料
- 未払い給料、退職金
- 養育費
- 財産分与請求権
02.保全の必要性
保全の必要性とは、仮差押によって権利を保全しておかないと将来の強制執行が難しくなる状況のことをいいます。
たとえば相手(債務者)が無担保の不動産を所有しており、かつこちらの請求に対し全面的に争う態度を取っている場合、訴訟を起こしたら相手は不動産を売却処分してしまう可能性があります。このような場合には保全の必要性があると認められます。
仮差押の注意点
01.抵当権つきの不動産の場合
不動産に抵当権がついている場合、保全の必要性が認められない可能性があります。
たとえばオーバーローン物件の場合、強制執行として物件を競売にかけたとしても売却代金は先抵当権者に全額支払われてしまいます。残るのは残ローンだけとなり差押債権者には回収できる金員がありません。このような場合は仮差押をして保全する意味がありません。このような差押債権者へ売却金が入ってこない物件を無剰余の物件といいます。
なお、抵当権つきであってもオーバーローンでなければ仮差押できる可能性があります。抵当権つき物件の場合は、オーバーローンかどうかの調査も行っておくべきです。
02.疎明が必要
仮差押をするには裁判所から仮差押命令を出してもらわなければなりませんが、そのためには被保全債権が存在することと保全の必要性があることを疎明しなければなりません。
疎明とはある程度確からしいと思わせる程度の説明です。証拠による厳密な立証までは要求されません。たとえば以下のようなものを裁判所に提出することで疎明します。
- 契約書
- 相手方とやり取りした書面
- 相手方とのメール
- 相手方の資産内容を示す不動産全部事項証明書などの資料
03.仮差押の対象を特定する
仮差押を行うためには差し押さえる対象も明確化しなければなりません。たとえば預金を仮差押するなら取引先の金融機関と支店名、不動産であれば不動産全部事項証明書に書かれている物件情報などで特定する必要があります。
仮差押で必要な担保金の額
仮差押を認めてもらうには担保を立てなければなりません。
仮差押が行われる段階では債権者の言い分が認められるとは限りません。資産を仮差押した債権者が訴訟において敗訴すると、資産の仮差押を受けていた相手には「訴訟の進行中に財産を処分できなかった」という損害が生じてしまいます。このような事態が起きた際に備えて、あらかじめ一定の担保を積まないと仮差押が認められないこととされています。
なお、担保の額は事案によって異なりますが、およそ請求額の10~15%程度になるケースが多数です。なお、離婚時財産分与を目的とした財産保全の場合には担保額が低額になることもあります。
具体的にどの程度の担保が必要になるか心配なときには弁護士へ相談してみてください。
仮差押のメリット
仮差押には以下のようなメリットがあります。
01.相手による財産隠しや処分を防げる
仮差押をしないまま相手と交渉や訴訟を進めた場合、相手が資産を隠してしまうリスクが高まります。
不動産を売却されたり知り合いに譲渡されたり抵当権を設定されたりしたら債権回収は困難となるでしょう。また、預金や保険は簡単に解約できますし、株式も売却して現金化することが容易です。現金化されてしまうと隠匿しやすくなってしまうのでやはり債権回収は困難となります。
あらかじめ仮差押をしておけば訴訟進行中は財産が凍結されることとなるので処分や隠匿ができなくなり、勝訴したときの回収確実性が大きく上がります。
02.相手にプレッシャーを与えることができる
仮差押をすることで相手に強いプレッシャーを与えられます。
たとえば預金を仮差押すれば相手はその口座で取引できなくなって困惑するでしょう。相手の方から「任意で支払うので仮差押を解除してほしい」と申し出てきて、訴訟を経ずに解決できるケースも多々あります。
03.交渉や訴訟を有利に進められる
仮差押をすると債権者の立場が優位となり債務者の立場は劣位になります。債権者は勝訴すればいつでも差し押さえができる状態であるのに対し、債務者は預金などを凍結されて資金繰りも自由にならない状態になるためです。
このような状態に陥った債務者側は、早くトラブルを終わらせないと生活すらままならなくなります。交渉では妥協を余儀なくされることもありますし、訴訟でも不利な条件で和解に応じる可能性が高くなります。
債権者側としては強気で交渉できますし、訴訟が多少長びいても回収のアテがある以上そこまでリスクはありません。仮差押をしておけば交渉や訴訟を優位に進められるメリットがあるといえるでしょう。
仮差押のデメリット
仮差押にはデメリットもあるのでしっかりと把握しておきましょう。
01.手間がかかる
仮差押は非常に手間がかかり複雑で難しい手続きです。
裁判所へ提出する書類も多く、ある程度の資料を集めて「疎明」しなければなりません。不備があれば差し戻されて仮差押の決定を出してもらえません。ある程度の法的な知識がないと対応が困難といえるでしょう。
02.担保が必要
仮差押命令を出してもらうには担保を提供しなければなりません。そのため、ある程度の資力を有していないと仮差押を利用することができません。
また、なお、担保金は、勝訴した場合や合意で解決した場合にはじめてその全額が戻ってきます。いったん提供した担保金は事件が終了するまでは基本的に戻ってこないことにも注意が必要です。
03.債務者に破産されてしまうと意味がなくなる
仮差押をしても実際に債権回収できるわけではありません。その後の交渉によって相手に払わせるか、訴訟を起こして判決を得てから本差押を行う必要があります。
仮差押している間は、債務者による処分は禁止されますが、債務者が破産(倒産)してしまった場合はこの限りではありません。本差押を実行して回収するまでの間に、相手が倒産や破産をしてしまった場合、仮差押の対象がなくなってしまうので仮差押した意味がなくなってしまいます。
仮差押は弁護士へ相談を
仮差押を活用することで訴訟をしなくても相手から任意に支払いを受けられるケースが多々あります。相手が支払いに応じない場合や請求しても無視する場合などには仮差押を検討してみましょう。
なお、仮差押の手続きは複雑で専門的なので、利用を検討しているのであれば弁護士に相談することを推奨します。
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