男女間では時折「貞操権侵害」によるトラブルが発生します。
貞操権侵害の典型的なパターンとしては、本当は配偶者がいる男性が「自分は独身です。将来的には君と結婚したい。」と嘘をついて未婚女性と交際し性関係をもったケースが挙げられます。
既婚男性が未婚女性を騙して肉体関係をもつに至った場合、後で女性側に嘘が発覚したときは女性側から貞操権侵害を理由として慰謝料を請求されることがあります。
貞操権侵害を理由に女性から慰謝料を請求されたら、まずは本当に貞操権侵害が成立しているのかどうかを検討しましょう。また、慰謝料額が高額すぎるようであれば、減額の交渉を進めていくべきです。
今回の記事では、貞操権侵害が成立する条件や慰謝料の相場、証拠や慰謝料請求を受けたときの対処方法を、弁護士が解説します。
貞操権侵害(ていそうけんしんがい)とは
「貞操権侵害(ていそうけんしんがい)」という用語は一般的な言葉ではないので、意味がわかりにくい方も多いでしょう。
貞操権とは、性的なことがらについて自由に意思決定する権利です。
人は、誰とどのように性行為をするかを自由意思で決定でき、他人から干渉されたり強要されたりしません。この「誰とどのように性行為をするか」を自由に決める権利が貞操権です。
誰かから性行為を強要されたり、不当な干渉を受けてだまされて性行為に応じてしまったりしたら、自由な意思決定ができたとはいえません。自由な意思決定に基づいて誰とどのように性行為をするかという選択をできなかったので、貞操権侵害が成立します。
たとえば婚活の際に既婚男性が独身と嘘をつき、その説明を信じたために女性が性行為に応じてしまった場合には、貞操権を侵害されたといえるでしょう。だまされた女性はだました男性に対し、貞操権侵害を根拠に慰謝料請求が可能となります。
なお、理屈としては女性から男性への貞操権侵害も成立しますが、実際には男性が加害者になるケースが大多数です。
貞操権侵害が成立する要件
貞操権侵害が成立するには、以下の条件を満たす必要があります。
01.男性が「自分は独身」、「妻とは離婚する」と嘘をついていた
1つ目の要件として、男性が嘘をつき、相手方の女性にその嘘を信じ込ませた(騙していた)という事実が必要となります。
既婚者が独身と説明していた場合だけでなく、既婚ではあるけれども妻ともうすぐ離婚すると言っていた場合にも貞操権の侵害が成立する可能性があります。
02.結婚を前提とした交際をしていた
2つ目の要件として、結婚を前提とした交際をしていたという事実が必要となります。
単に恋人同士として交際していただけであれば、男性側が独身と嘘をついても貞操権侵害になりません。
なお、婚約のレベルにまで至っている必要はありません。口約束でも結婚しようなどと話した経緯があれば貞操権侵害となる可能性があります。
03.肉体関係をもった
貞操権は性関係について意思決定する自由なので、侵害されたといえるためには肉体関係があったことが必要です。男性が既婚で結婚の約束をしていても、性関係をもったことがなければ貞操権侵害が成立しないため慰謝料を請求することはできません。
要件を満たさないと貞操権侵害は成立しない
貞操権侵害にもとづいて慰謝料請求するには、上記の3要件をすべて満たすことが必要となります。逆を言えば、上記3つの要件のいずれかを満たしていない場合は、貞操権侵害が成立しないため、請求された慰謝料を支払う必要はありません。
貞操権侵害で慰謝料請求できないケース
以下のような場合は、貞操権侵害による慰謝料を請求することができないとされています。
01.単に恋人同士として交際をしていた
これまで一度も結婚の話をしたことがないなど単に恋人の関係にとどまるのであれば貞操権侵害にはなりません。
02.相手が既婚であると知っていた、うすうす気づいていた
男性が独身ですと嘘をついても、女性側が嘘に気づいていたり、独身なのは嘘ではないかと疑念を抱いていたりすると貞操権侵害は否定されます。
また、女性が気づいていなかったとしても当然気づくべき状況であったのであれば、過失が認められ慰謝料請求できない可能性があります。
03.肉体関係をもったことがない
肉体関係を持っていなければ貞操権を侵害したとはいえないので慰謝料は発生しません。
04.だまされた側が充分な判断能力を備えている
だまされた女性側の年齢や社会的地位などが高い場合には、だまされないだけの適切な判断をすることができると期待できるので、貞操権侵害と評価されないことがあります。
05.被害者側が勝手に独身と信じ込んで性関係を持った
女性側が積極的で半ば勝手に独身と思い込んだケースでも、貞操権侵害に基づく慰謝料は発生しません。
貞操権侵害の慰謝料相場
貞操権侵害の慰謝料の相場は、50~200万円とされております。
01.慰謝料が高額になる場合
- 交際期間が長い
- 肉体関係をもった回数が多い
- 嘘の内容が悪質
- 性行為を強要した
- 被害者が妊娠、中絶、出産した
- 交際を解消するとき、加害者が不誠実な態度をとった
- 被害者の年齢が低く判断能力が未熟
- 加害者側が積極的に性交渉を持ちかけた
02.慰謝料が低額になる場合
- 肉体関係を結んだ回数が少ない
- 被害者側も性行為に積極的であった
- 嘘が悪質でない
- 交際を解消するとき、加害者が誠実に対応した
- 被害者の年齢が比較的高い
貞操権侵害で慰謝料請求が認められた裁判例
貞操権侵害に基づく慰謝料請求に関する裁判例を見てみましょう。
01.慰謝料60万円が認められたケース
加害者が既婚者であることを隠して被害者と性関係をもち、被害者が妊娠中絶したケースです。
被害者は慰謝料や中絶費用など合計約570万円の支払いを請求しました。
裁判所は被害者側が避妊なしの性交渉に応じた経緯なども考慮して、慰謝料60万円と堕胎費用など10万円、弁護士費用7万円の合計77万円の支払い命令を下しました(東京地方裁判所 平成26年8月7日)。
02.慰謝料300万円が認められたケース
加害者が既婚者であることを隠して被害者と性関係を結び、被害者が未婚のまま妊娠・出産したケースです。本件では、以下のような事情がありました。
- 被害者が加害者に交際の解消を求めても加害者が結婚をにおわせて交際を継続した
- 被害者は中絶を希望したが、加害者が出産を希望したために出産に至った
- 出産後、加害者は被害者へ生活費を援助していた
- 既婚者である事実の発覚後、加害者は被害者へ誠実な態度をとっていない
被害者は加害者へ約1000万円の慰謝料を請求しました。
これに対し、裁判所は300万円の支払い命令を下しました(東京地方裁判所 平成26年10月29日)。
03.慰謝料200万円が認められたケース
結婚相談所を通じて知り合い男女が肉体関係を持ち、男性が女性に借金を申込みました。女性が断ると男性側が一方的に連絡を断ったケースです。
女性は男性へ約550万円の請求をしました。
裁判所は、交際期間が3か月であったこと、肉体関係に至る経緯が強引であったこと、被害者がこれまで男性と肉体関係を持った経験がなかったことなどを考慮し、加害者へ慰謝料200万円と弁護士費用20万円の合計220万円の支払い命令を下しました(東京地方裁判所 平成23年6月23日)。
04.慰謝料500万円が認められたケース
男性が女性をだまし続け、交際期間が約12年間にも及んだケースです。
裁判所は500万円という極めて高額な慰謝料を認めました(東京地方裁判所 平成29年8月29日)。
貞操権侵害で慰謝料請求するための証拠
貞操権侵害の証拠としては、以下のようなものがあります。
01.結婚話をしていた証拠
2人の間で結婚の話をしていた証拠が必要です。
- LINEやメールのメッセージ
- メモやメッセージカード
- 結婚式場を下見に行ったときの資料
- 親や友人に紹介した場合、それらの人の証言
- 婚活アプリの利用記録
- 結婚相談所で知り合った経緯を示す資料(結婚相談所から渡されたプロフィールや案内文など)
02.嘘をついた証拠
- LINEやメールのメッセージ
- 「独身です」などと説明している音声データ
03.肉体関係をもった証拠
- ホテルの利用明細書
- 一緒に旅行に行ったときの予約票や利用明細書
- 妊娠した場合、診断書やエコー写真
慰謝料請求されたときには、相手が上記のような証拠を持っているかどうかも重要なポイントとなります。証拠がなければ慰謝料を払わなくてよい可能性もありますし、支払うとしても減額しやすくなります。
貞操権侵害で慰謝料請求されたときの対処方法
貞操権侵害を理由に慰謝料請求された場合、以下のように対応しましょう。
01.問題発覚後は誠実に対処する
まずは嘘が発覚したときの対応が重要です。相手にはきちんと謝罪し、妊娠してしまったなら中絶費用を支払うなど誠実に対応しましょう。誠意をみせれば慰謝料も比較的低くなります。
一方的に連絡を断つ、相手を脅して泣き寝入りさせようとするなど悪質な対応をとると慰謝料が高額になる可能性があるので絶対にしてはいけません。
02.貞操権侵害が成立しているかどうかを検討する
相手が貞操権侵害を理由に内容証明郵便などを使って慰謝料請求してきた場合は、本当に貞操権侵害といえるのかを検討しましょう。
相手が勝手に独身と信じ込んだケースや相手に充分な判断能力がある場合などには、結婚を前提に肉体関係を持っても慰謝料が発生しない可能性があります。
慰謝料が発生しないならはっきり支払を拒絶しましょう。なお、不誠実な対応と思われないためにも、きちんと理由を述べてできるだけ速やかに返事をするようお勧めします。
03.相場より高額なら減額交渉する
貞操権侵害が成立するケースでも、相手の請求額が相場より高額であれば減額交渉が可能です。
貞操権侵害の慰謝料の相場はだいたい50~200万円程度であり、200万円の支払命令が出るのは相当悪質な場合です。
相手が300万円、500万円といった高額な慰謝料を請求してきたのであれば、相場の金額まで減額するよう交渉しましょう。一括で支払えない場合、分割払いの交渉も可能です。
04.弁護士に依頼する
貞操権侵害で慰謝料請求されてしまった場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
弁護士であれば、「本当に慰謝料を支払う必要があるのか」「慰謝料の金額が妥当か否か」を適切に判断することができますので、本来支払わなくて良い慰謝料を支払わされたり、不当に高額な慰謝料を支払わせられたりするリスクはなくなるでしょう。
特に相手が弁護士を立てているなら、こちらも必ず弁護士に対応を依頼すべきです。法律の専門家である弁護士を相手に交渉するとなると、知識量や実務経験の差などから不利になってしまいます。最悪の場合、一方的に高額な慰謝料支払いの約束をさせられる危険があります。
さいごに
東京・恵比寿当事務所では、貞操権侵害や婚約破棄、不貞慰謝料などの男女トラブルで訴えられた方のトラブル解決に積極的に取り組んでいます。
親身になって対応致しますので、慰謝料請求されてお困りの方がおられましたらお早めにご相談ください。